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[コメント] ウォンテッド(2008/米)

アンジェリーナ・ジョリーのヘン顔を笑って見てればいいのかな、と楽に構えていたら、予想外にヘヴィな世界観に敬服した。つまりこれは、オーソン・ウェルズの『審判』なのですね(なぜ弾丸が曲がるのかについての考察を加筆しました)。
shiono

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







亜流『マトリックス』アクションから、ジェームズ・マカヴォイの愚痴が続くオープニングはダメかと思いきや、よく見ていくと、主人公の置かれた環境の見せ方の巧さに気づく。映像の歪・スロー/ストップモーションと、ヴォイスオーバーに施されたエコーのような残響処理。唐突に召喚され連れて行かれる紡績工場の造形。フリーマン、ジョリーを筆頭とする組織構成員の非人間的な佇まい。

「秘められた能力の開花」「定められた運命の通告」というアメコミの通過儀礼を踏みながら、だがマカヴォイのキャラクターは「選ばれし英雄」の格式には程遠い。そうか、これはヒーロー物語ではなく、不条理の世界の話なのだ。

そのように読み解くとキャラクター構造も見えてくる。敵と味方という二律項ではなく、すべてが混沌とした世界で行われる傷つけ合いなのだ。敵に向けた刃は自分に還る。放たれた弾丸もまた、しかり。

その非情な世界観においても、どこか柔らかな人当たりを失わないマカヴォイに呼応するかのごとく、メンター(師匠)であるジョリーの、皮膚の下に隠した慈愛の眼差しもいい。役者の相乗効果がうまく出ている。

終盤の列車アクションの常軌を逸したスケールアップぶりも新鮮だし、ネズミによる自爆テロは痛烈な文明批判にもなっている。知識の宝庫である図書室をコロシアムに見立てたフリーマンの最終弁論と、それでも歴史を前に進めんとするジョリーが放った、時計回りに飛来する弾丸が決定する結論。笑えるユーモアと笑えないユーモアの二重奏、散りばめられたメタファーの数々。

エンドロール、なめし革のジャケット、モーゼルの拳銃といういでたちのフリーマンも渋いが、巻き戻される銃弾が点描する日常世界のスナップショット、それに被さるマカヴォイの決め台詞、これには痺れた。

**

(以下、加筆分)

この映画が善と悪、正義感と罪悪感といった葛藤を扱う倫理劇ではなく、不条理劇であることは先に述べた。『マトリックス』もまたそうであったが、続編においてその世界の成り立ちの種明かしに奔走した挙句、「なんでもアリ」をアクションのレベルまで無邪気に適用してしまったのは滑稽だった。『ウォンテッド』のアクションが、導入部で『マトリックス』をオマージュしつつ、中盤において生臭い程に肉弾戦を強調したのもその反省からであろう。

さて、不条理劇のおもしろいところは一義にメタファーにある。私が最も感心したのは、「飛来する銃弾」のVFXが、スタイリッシュな映像美だけではなく、あるひとつの論理的一貫性を持つメタファーとして機能している、つまり、「銃弾は、射手の感情の方向を指し示す可視の矢印」であるところだ。だから、その軌跡が意志の力で曲げられるのは当然である。

さらにいうと、射手に引き金を引かせるその感情は、憎しみだけではないというところがおもしろい。銃弾がジョリーの髪を撫でて標的に当たる、これが異性愛、師弟愛でなくてなんであろう(その前、電車の屋根で、まるで猫のじゃれあいのように繰り広げられた「訓練」に含まれる性的ニュアンスも思い出して欲しい)。

終盤の図書室では、それまで人間ドラマとしては描かれなかったチーム構成員たちの同胞愛が、ただ一つの銃弾によって円を描いて貫かれる、この高度に抽象化された血の誓いには胸を熱くせずにはいられない(ジョリーがマカヴォイを葬るはずだった"GOODBYE"のメッセージのアイロニーはチャンドラー起源だろうか)。

無論、この映画の大きなテーマである「父と息子」も、その彼我の距離を結ぶのは銃弾なのであろうが、このあたりはストーリー的な捻りも加わって、上記のようなメタファー(VFX)はさほど使われていない。

他の部分、とりわけ織物の設定に関して、多分に反体制的な政治性を感じてしまうのは、監督がカザフスタン出身ということからくる先入観だろうか。いずれにせよ、トリロジーとして制作が決まっているこのシリーズの続編を見ていけば、この監督が本物かどうかはおのずと分かってくるだろう。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (9 人)Orpheus 煽尼采 CROZY[*] TM[*] ぽんしゅう[*] 疑話[*] Keita[*] 3819695[*] けにろん[*]

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