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[コメント] イングロリアス・バスターズ(2009/米=独)

デス・プルーフ』のような「奇跡」の映画ではない。だからこそ感動的だ。タランティーノは自前の演出力のみでこれを傑作たらしめた。この「バスターズ」という集団をして「ダーティ・ダズン」を目指さないことの聡明さ。ブラッド・ピットを除くバスターズの「顔面」のつまらなさときたら!
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そうは云いながらも、さすがに終盤まで来るとイーライ・ロスあたりはいい顔かもしれないなあと思えてくるのだが、それにしてもこのつまらない顔面選択はやはり確信的なものだろう。情熱と衝動に任せて好き放題をしているように見えて、タランティーノは自分の身の丈に合わないことを決してしない賢い演出家だ(しかし彼は努力を怠らない勤勉な演出家でもあり、一作ごとにぐんぐんと「身の丈」を伸ばしています)。どれほど手を尽くしても現在集められる顔面で『特攻大作戦』はできない。であるならば、初めからしない。だからバスターズはほとんど活躍することなく(確かにプレミア上映会の作戦においてロスとオマー・ドゥームはナチスを大量に殺害してみせますが、そんなことをしなくても結局全員焼死したでしょう。ところで、史実完全無視でヒトラーやゲッベルスを殺すのはよいにしても、タランティーノはエミール・ヤニングスまで殺してしまったのでしょうか。「映画」と「現実世界」に対するタランティーノの姿勢を窺ううえで、興味深いトピックかもしれませんね)、『ジャッキー・ブラウン』以来連綿と続くタランティーノ流女性映画がメラニー・ロランを主役に据えて撮られることとなる。

女性映画。そんな言葉が今も生きているのかどうかは知らないし、タランティーノを女性映画の作家と見なしたとき、ホモ・セクシャル/ソーシャル映画『レザボア・ドッグス』でデビューしたという事実がますます奇異なことに思われてもくるのだが、そのようなことはとりあえずどうでもよい。これは女性映画なのだと、そう口走らせてしまうものが彼の演出にはある。ロランがクリストフ・ヴァルツと「再会」し、「形式的な質問」を受けるレストランのシーン。なんとか平静を装って質問をやり過ごしたものの、ヴァルツがその場を去った途端に私たちに泣き顔を見せてしまうロラン。『キル・ビル』のユマ・サーマンにも同様の「ギリギリまで感情を抑えつけるも、ついには泣き顔を見せてしまう」シーンがあったと記憶しているが、サーマン以上に表情の幅を狭くコントロールされたこのロランは、しかしながら/そうであるがゆえに、ひとつびとつの表情の変化においてはサーマン以上の威力を持っていると云ってもよい。

また、表情の幅こそ狭いものの、全登場人物中でロランひとりが「顔」を中心とした外見上の特権的な扱いを受けている。それはすなわち衣裳・髪型・メイキャップの種類の「数」である。バスターズの面々にしろダイアン・クルーガーにしろせいぜい二、三種類の衣裳しか用意されず、出演時間は最も長かったかもしれないヴァルツに至ってはナチスの軍服一着で全篇を通す。それは軍人・男性であることを鑑みれば当然のことかもしれないが、しかし「顔が商売道具」であるはずのハリウッドスター・ピットでさえナチスに捕まると布袋を被せられて画面上から顔を抹消されるという仕打ちを受けるのに対し、血みどろの姿で登場し、いくつもの衣裳と髪型が与えられ、まさにメイキャップ中である「頬に紅を差す」カットを持ち、さらには死亡後にあっても冷たい復讐鬼としての顔が銀幕に大写しにされるロランが映画にとってひときわ特別な存在として迎えられていることは論をまたないだろう。あるいは観客の感情を最も揺さぶるシーンにしても、それは映写室内でのロランとダニエル・ブリュールの「メロドラマ」および(厳しい銃撃演出を伴った)そのあっけなく残酷な帰結ではなかったか。ヴァルツという初めてお目にかかる俳優の芝居が第一章を筆頭に多くのシーンにおけるサスペンスを支えていることに異論はないし、ピットの働きについても大いに評価するが、映画の中心にいるのはやはりロランだ。

そしてロラン亡きあと、映画は自身の名が『イングロリアス・バスターズ』であったことを思い出したかのようにピットと生き残りのバスターズB・J・ノヴァクにラストシーンを任せる。私と云えば、ただ大きな感動をもって、タランティーノがピットの口を借りて宣言する「最高傑作」の言葉に深く頷いてみせることしかできない。

(評価:★5)

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