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[コメント] パンドラの匣(2009/日)

自主制作時代から一貫してゴダール由来と安直に片づけておくことのできない独創的な音作りを行ってきた冨永にとって、ヴォイスオーバー使い放題の書簡体小説は原作にうってつけだったろう。『パビリオン山椒魚』で取り組んだ「新しくなる」というテーマを小説が持っていたことも彼を惹きつけた要因に違いない。
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**ネタバレ注意**
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音響のコントロール欲求がオールアフレコを選択した点に最も顕著にあらわれているというのは云うまでもない。単に違和感や異化効果、あるいは懐古趣味といった言葉では捉えきれない微妙なニュアンスが作品のムードを決定づけている。染谷将太は各シーンでそのシーンの調子にふさわしい芝居を披露しているが、一方ヴォイスオーバーは終始低く重いトーンで貫かれており、むしろそれによって原作の何気ない一節が笑いを呼んだり、不穏に響いたりする。染谷と仲里依紗の布団部屋シーンの音響処理(および照明・カッティング)は技巧のための技巧あるいは実験のための実験に留まらず、シーンのスリルにきわめてよく効果している。ともあれここまで聴覚面に高い意識を示す若い演出家は貴重だ。音楽菊地成孔の貢献も大きい。

しかしそれら以上に私が感心したのは、役者のよさが実に巧みに引き出されていたことだ。冨永がそういうことを得意とする演出家だという認識がなかったので、なおさらその思いは強い。精神の健康を感じさせる瑞々しい染谷。実際的な働き者像をかたどりながら若干の神秘性をまとい、いちいち催淫的な川上未映子。時折の所作・表情・発声が事件的に可愛い仲(二宮和也にちょい似)。気安さと何を考えているのか分からない底知れなさを漂わせつつ無色の存在感を誇る窪塚洋介。演出家の信頼の大きさが窺える役どころの杉山彦々

避難訓練で健康道場の全員が飛び出してくるエンド・タイトルバックのスローモーションも感動的だ。みんないい顔をしている(とりわけ仲の飛び跳ねぶりとふかわりょうの笑顔がすばらしい)。スローモーションに涙してしまったのはウェス・アンダーソン以来だ。

(評価:★4)

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