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[コメント] ハート・ロッカー(2008/米)

「組」と称されるような固定スタッフを持たないビグローだが、果たしてこれはバリー・アクロイドの資質に適した題材だったか。『ユナイテッド93』などの実績もあるとは云え、やはりケン・ローチの撮影者という印象が強い。主人公の休暇シーン(トム・サイジェル撮影)との白々しいほどの対照はよく出ているが。
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**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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ハート・ロッカー』は「距離」と「肉体」の問題集である。私は軍事についての知識をまるで持たないので恐る恐る云うが、一般的に近代以降の戦争というのは破壊対象と破壊力の発信源の間の距離が伸長されていく歴史としてもあるのではないか。その最たる例が大陸間弾道ミサイルというものだろう。そうした状況においては、当然その破壊力を扱う人間の視覚の在り方も変容していく。翻って爆弾処理とは、破壊力とゼロ距離で接触する作業にほかならない。冒頭の爆弾処理シーンでは『WALL・E』のウォーリーのような遠隔操作ロボおよびそれに付属するカメラがまったく役立たずであることが明らかにされる。ここで遠隔操作ロボとは「素手」の、カメラとは「肉眼」の道具的延長であることは云うまでもない。ガイ・ピアースは自らの目と手を行使して処理に当たらねばならなくなる。肉眼をもって破壊力とゼロ距離で接触すること。爆弾処理作業にとってはそれが円滑なチーム連携など以上のエッセンスであることを「映画的に」正しく理解しているジェレミー・レナーは、したがって爆弾が満載された自動車を前にして「防爆スーツ」を脱ぎ、肉体を剥き出しにさえする。

砂漠におけるスナイプ合戦が面白さという点での映画のハイライトを形成してしまうのは爆弾処理の映画にあるまじきことではないのか、という疑問は正当である。しかしこれが「距離」と「肉体」の問題集であるならば、そのスナイプ合戦はおそらく「肉体の体感性が失われない範囲での最長距離戦」として、すなわちゼロ距離作業である爆弾処理との正確な対照として採用された挿話であることが理解されるだろう。

ところで、爆弾にとっての破壊対象とは何か。「建造物」や「乗り物」はむろんのこと、そこには「人間(肉体)」も含まれる。破壊対象としての人間と破壊力とのゼロ距離的一体化である「人間爆弾」は、だから肉体の尊厳を絶対的に踏みにじっている。『ハート・ロッカー』に登場する一体目の人間爆弾は(レナーが「ベッカム」と見誤った少年の)遺体の内部に爆弾が埋め込まれているという点でもはや「マイナス距離」と云うべきかもしれないが、ともかくレナーはそれらの人間爆弾を処理しようと努める。「肉体の人」であるレナーにとってそれは肉体に尊厳を取り戻すための接触であり、アイデンティティをめぐる闘いだ。だが彼は敗北する。そして爆弾と無限大の距離で隔たれた地における家族との生活を通じて、「戦場の爆弾処理においてしか生きていけない」自己を確認する。したがって、爆弾に向かって歩みを進めていく=距離をゼロ化していくレナーの姿がラストカットして要請されることになる。

このラストカットは音楽の使用法も含めて多分に「ヒロイックな」演出が目指されている、ように思えるかもしれない。しかし防爆スーツをまとったレナーの輪郭はとても不格好だ。視覚的にダサい。滑稽である。ヒロイズムと滑稽さのアンバランス(滑稽さによるヒロイズムの相対化)によって映画は巧妙に思想的バランスを取ろうとしている――と私は解釈した。そうした試みこそが猪口才なのだという批判があるとすれば、私はそれに同意する。仮にある映画が「危険な」思想を持っていたとしても、観客はそれに与しない自由を持つ。『ハート・ロッカー』にはそのような観客の自由をどこか軽く見ているところがある。総じて云えば、これは、この程度の面白さで満足してよい映画ではない。

 さて、文脈上触れることのできなかった点をここに記しておきます。砂漠シーンに次いで面白かったところとして、私はオープニング・シーンを挙げます。前述した役立たずロボやヤギ(!)の闖入のため、思うように運ばない作業。動物の使い方がまず非常によいのですが、こうした「ままならなさ」は映画としてとても面白く、また全篇にわたって描かれてもいます。みな不審に見える野次馬たちの無遠慮な視線。現地人との言語的ディスコミュニケーション。レナーは体に爆弾が巻きつけられた男を助けようとしますが、使用言語の異なりとパニックのため男はレナーの云うことをなかなか聞きません。私の知る範囲では、このような「ままならなさ」の演出にはイラクの隣国であるイラン映画の印象と通じるところがあります。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (8 人)おーい粗茶[*] DSCH 赤い戦車[*] 煽尼采 movableinferno のこのこ shiono[*] ぽんしゅう[*]

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