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[コメント] ぼくのエリ 200歳の少女(2008/スウェーデン)

ホラーというジャンルにあってとりわけ「吸血鬼」が作品の耽美性を強めやすい素材であることは確かにしても、娯楽映画においてここまで耽美的な画面を志向するというのがまるで現代的ではない。いや、それがヨーロッパ的であると云うべきか。北欧が提示する現代娯楽映画のひとつの型、かもしれない。
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**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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「決定的なアクションをワンカットで見せる」ということがかなり意識的に徹底されている。すなわち、一見何事もなさそうな出来事の推移をエスタブリッシング的な(場の全体を収めた)ロングのカットで見つめつづけ、そのカットを割らないまま不意に決定的なアクションを起こすというもの(したがってそのアクションが画面内に占める面積の割合は小さい)。そしてそれからようやくカットを割って、アクションの主体の表情や客体の反応を近距離から撮ったカットで見せる(テオ・アンゲロプロスジャ・ジャンクーなどのアクション演出と近しいものを持ちつつも、この「近距離のカット」の扱いについては甚だしい違いが認められます。決定的アクション後にあっては近距離のカットの使用もためらわないこと、それによってトーマス・アルフレッドソンは通俗性を担保していると云っても大きくは間違っていないでしょう)。この映画はほぼそれの繰り返しで成り立っている。また、ここで「決定的なアクション」とは主としてリーナ・レアンデションが人間を襲撃することであるが、彼女が病院の外壁にしがみついてするする登ることであったり、彼女に頸を咬まれた中年女性が病床で発火(!)することなども当然含まれる。このようなアクション演出は何をもたらすのか。云うまでもなく「驚き」である。とりわけ例の人体発火は『奇跡』か『父、帰る』かといったような審美的に端正なフィックスショットにはあるまじき出来事であるという点で、ひときわ驚きが大きい。

「壁」「ガラス窓」「扉」といった細部への意識も高い。これら「隔てるもの」は映画において視覚的細部であると同時に、コミュニケーション演出に関わる細部である。ホラー映画であるとともに青春/恋愛映画である『ぼくのエリ 200歳の少女』においてコミュニケーションの描き方が映画の軸を成すのは道理だが、そもそもレアンデションとカーレ・ヘーデブラントのコミュニケーションの端緒を「ルービック・キューブ」に求めるという着想が奮っている。そして、むろん、この映画における最も注目すべきコミュニケーションとは、一枚の壁を隔て、その壁を指で叩く「モールス信号」だろう。この繊細で美しく、かつ大胆で原始的でもある想いの交換ぶりこそがこの映画の主感情だ。ただし「宮崎駿崖の上のポニョ』の光のモールス信号のほうが、あるいは青山真治EUREKA』におけるバスの内壁を叩くコミュニケーションのほうがより感動的であった!」と、日本の映画観客としては意地を張りたいところでもあると云い添えておく。

ところで、前述の「ルービック・キューブ」や「アナログ・レコード」といった小道具が違和感を伴って面白い。物語の時代設定が一九八二年であることを鑑みれば、その小道具選択に不自然なところはひとつもないはずだ。しかし、実際のところこの物語は現実のいかなる時代とも遊離している。そこに現実の特定の時代と強く結びついた小道具であるルービック・キューブやアナログ・レコードを持ち込むことが観客の違和感に繋がるのではないか(次のように云い換えてみましょう。そもそも私はこの物語の時代が一九八二年であるということ自体に何かしら違和感を覚えます。しかし仮にこれが一九四〇年や二〇〇八年の物語であると云われても、やはりそれと等しいだけの違和感を覚えたことでしょう)。また、そのレコードはオールドスクールなロックンロールを再生し、それはとても場違いに響く。この「場違い」とは「唐突で、滑稽で、どこか哀しい」ということだ。ここでアキ・カウリスマキのサウンドトラックを想起したとしても、それは演出家の出身地の地理的区分から連想されたものではない。BGMとしてではなく、音源が明示された映画内現実音としてのロックンロールにそのような場違いの感覚を発見できる聴覚がカウリスマキを思わせるのだ。もちろん、そのような聴覚を育む土壌が北欧にあるのだ、と云われればそれを否定する術までは私は持たないが。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)煽尼采[*] ガリガリ博士 ぽんしゅう[*]

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