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[コメント] ランナウェイズ(2010/米)

キム・フォウリーは以前から個人的に関心を抱きながらも乏しい情報しか持っていなかった人物だったので、彼が期待以上の大きな役でいきいきと描かれているというのがまず嬉しい(彼のソロ名義で発表された音源をいくつか聴いてみたことがありますが、その音楽性はどれもランナウェイズより興味深いです)。
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**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







そんなキム・フォウリー=マイケル・シャノン、もっぱらレコードの販売枚数とコンサートの動員数を増やすことがプロデューサーの仕事であると仮定するならば、バンドに対するプロデューサーとしての彼の言動に誤りはひとつもない。“Cherry Bomb”をほとんど即興で作ってしまうというキャッチーな言語感覚が天才的で(ここでも「ヒステリーの王」とかキャッチーなだけでワケ分からん自己紹介をしていますが、他にも「ロックンロールのドリアン・グレイ」なんていう異名もあります。たぶん自称)、また本篇で最も笑えるシーン、近所の餓鬼どもに空き缶などを投げさせるという馬鹿げた「野次対策」さえも見事に功を奏するのだから恐るべき先見の明だ。

さて、シェリー・カーリーを演じるダコタ・ファニングと、ジョーン・ジェット(これまた凄い自称だけど)を演じるクリステン・スチュワート。フラットな立場の観客がどう見るかは分からないが、私はどうしてもスチュワートのほうに肩入れしてしまう。有り金をはたいて手に入れた革ジャンに袖を通し、即ダッシュ。という登場シーンからもう映画に愛された存在だ。昨今の物語は作中人物のオブセッショナルな目的意識や行動原理を幼児体験や家庭環境に求めたがるところがあり、ここでのファニングにもそれは当てはまるが、「何が何でもバンドを、ロックンロールをやる」という(結果的に世界のトップに立つほどの)強力なエモーションを持ったキャラクタであるスチュワートはそのような方法論の埒外にいる。自ら因果律を組織すると同時に、その因果律から解き放たれようとする運動が「映画」の本能であるならば、やはりスチュワートこそ映画の核心だ。そして、そのような二人に今一度接点を与えた「電話」のラストシーンにおける慎ましく鮮やかな感情の交錯が、切なくも快い余韻をもたらす。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)Myrath 煽尼采 きわ[*]

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