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[コメント] エッセンシャル・キリング(2010/ポーランド=ノルウェー=アイルランド=ハンガリー)

ギャグ満載の即物アクション巨篇。イエジー・スコリモフスキという人もある意味では自分に甘いのかもしれない。自作自演の初期作ではありえなかったほどに、ここでの演出家スコリモフスキは被写体をサディスティックに追い詰める。そのさまはあたかもアッバス・キアロスタミのようだ。溝口健二のようだ。
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**ネタバレ注意**
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カムバック作『アンナと過ごした4日間』に引き続いて、スコリモフスキは自身のアクション演出力が世界最高水準にあることをいとも易々と証明している。面白いアクションを列挙していったらそれこそキリがないが、とりわけ記すならばヴィンセント・ギャロが雪の斜面を滑落するところ。思わず万歳三唱をしたくなるほどの最高殊勲カットだ。

そして、道行く中年女性の乳房にむしゃぶりつく! 釣り人の釣果を失敬する! 犬の団体に懐かれる! など渾身のギャグ・アクションを放ちながら逃げ続けるギャロだが、いつの間にやら追手の姿が画面上に現れることはなくなっている。こうなってくると、ギャロが誰から/どうして逃げているのかもだんだん不分明になってきて、即物アクションはその即物性ゆえにいつしか抽象的な観念の荒野に足を踏み入れてゆく。確かに、最後に出会うエマニュエル・セニエが唖の女性であるというのはさすがに出来すぎというか、あざとすぎるところだろう。いたずらに抽象性に逃げ込むような映画は大嫌いでもある。しかし『アンナと過ごした4日間』ラストシーンもまたそうであったようにスコリモフスキに独特のこの感覚、すなわち即物的なだけだったはずのアクションが、次第に何やら茫漠とした観念の風景(とでもしか云いようがない何か。通俗的で流通性の高い「教訓」などでは断じてない)に到達する感覚には抗いがたい中毒性がある。それはスコリモフスキが映画と観客の最も理想的な距離を知っているからかもしれない。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)DSCH[*] chokobo[*] 赤い戦車[*] ぽんしゅう[*]

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