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[コメント] ホワイトハウス・ダウン(2013/米)

支払い済みの木戸銭は何を騒ごうと嚢中には戻ってこないのだから、今さらここで『ホワイトハウス・ダウン』と『エンド・オブ・ホワイトハウス』の優劣を云々するよりも、お互いの欠損箇所を相補う建設的な関係として両者を捉えたほうが報われるというものだ。などと物分かりよい風の観客を装ってみよう。
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**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







もうひとりのシェイクスピア』も無かったことにはしなくてもよい程度には悪くない映画だったけれども、やはりローランド・エメリッヒの本領はこちらにあるようだ。米国ひいては世界存亡の危機であるはずの「ホワイトハウス占拠」がもたらすべきシリアスな緊張感はアントワン・フークアエンド・オブ・ホワイトハウス』に分がある一方、『ホワイトハウス・ダウン』は『エンド・オブ・ホワイトハウス』が忘れかけていたアクション映画としての純粋な面白さを備えている。

アクションの場としてのホワイトハウスの機能性にしても、皮肉にもホワイトハウスについて知悉したジェラルド・バトラーより、(知識的には)観光客に毛が生えた程度のチャニング・テイタムを主人公に持つこの映画のほうが優れており、その点でエメリッヒはよい意味でフークアよりホワイトハウスにこだわっているのだが、同時に、よい意味でホワイトハウスに対するこだわりを棄ててもいる。

という謂は、舞台としてのホワイトハウスに固執するあまりアクションが屋内に限られてしまうのを避けているということだ。あの馬鹿馬鹿しく愉快なカーチェイスを想い起こせばよい。『エンド・オブ・ホワイトハウス』に対する「アクションシーンにホワイトハウスを舞台とする必然が欠けている」という批判の文言が、ここではそっくりそのまま賞賛のそれに反転してしまう。そんなことを可能にする何かこそ人々が演出力と呼んでいるものの正体なのだが、さらに正しく欲張りなエメリッヒは屋内アクションシーンに「雨」を降らせるという素敵な蛮勇を試みる。云うまでもなく「スプリンクラー」の活用である。ともに活劇の構成要素になりえながら本来は相反するはずの「屋内」と「雨」をこのように両立させてしまうというのは驚嘆に価する。

など、なんやかんやあった挙句、娘の旗振りにさめざめ泣く。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)jollyjoker[*] 小紫 まー[*]

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