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[コメント] ゼロ・グラビティ(2013/米)

スピード』『しあわせの隠れ場所』を凌駕する生涯の代表作を勝ち得たサンドラ・ブロックが一〇〇点に価するならば、私はジョージ・クルーニーに一二〇点を捧げたい。スクリューボール・コメディに由来するクルーニーの「饒舌」は、まとわりつく死(それは「宇宙」と名指される)に抗う全霊の身振りだ。
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**ネタバレ注意**
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この云い分は、クルーニーが映画的な死を迎えた瞬間はいつか、という問いに答えることでもって傍証される。ここで死を「映画的な」と限定修飾したのはむろん生物学的死と切り分けるためだが、あるいはブロックにとってのクルーニーの死と云い換えても差し支えない。一般的劇映画なる枠組みを仮定できたとして、そこにおけるクルーニーの映画的な死、ブロックにとってのクルーニーの死とは、経験的に云ってクルーニーがフレーム内から消え去る瞬間、もしくはクルーニーがブロックの視界から外れる瞬間、ないしはふたりが視線を交わし合う最後の構図=逆構図の瞬間のいずれかであるはずだ。かのような限りで「映画的死」とは「視覚的死」とほぼ同義である。

ゼロ・グラビティ』においてもクルーニーとブロックの間で成立する最後のリバースショットは、クルーニーが緩やかに後退を始めてブロックとの距離を拡げつつあるさなかのものとして撮られ、取り返しのつかない「別離」の感覚を深く刻み込んでいる。しかしながら、そのようにしてクルーニーの姿がブロックと私たち観客の視界から消え去っても、いまや彼は映画的死を迎えたとするのは尚早である。なんとなれば依然として画面の外からブロックに向かって穏やかに語りかける「声」があるからだ。どれだけ距離が離れ、姿が見えなくなっても、声が届いている限り「ブロックにとって」クルーニーは生きている。声の消滅こそが死だ。だからこそクルーニーは自らに饒舌を課し続ける。

そのような事態が可能であるのは、当然のことながら、ここでクルーニーの声が空気振動のみによった生の音声ではない、すなわち電気的通信を介した音声であるためだ。宇宙が無音の空間であることをスーパーインポーズで確認しながら幕を開ける『ゼロ・グラビティ』において、ディエジェシス内に生起する「現実音」は、飛行士同士あるいは飛行士と地上の管制官の会話しかり、背景音楽的に鳴らされるカントリー・ミュージック(当然、西洋古典音楽の交響詩や円舞曲で彩られたスタンリー・キューブリック2001年宇宙の旅』との好対照が企まれている)しかり、そのほとんどがこのように通信音声であったことが思い返される。ただ「ローン・サバイバー」ブロックの前に現れたクルーニーの「亡霊」だけがヘルメットを外し、生の音声でもって彼女に語りかける。ここが作劇上の都合のみによって要請された幻覚シーンであるとの謗りを斥けて私たちに動揺を与えたとすれば、それはひとえに、これがクルーニーによる最初で最後の生の饒舌――「亡霊」による死への抗いという引き裂かれた身振りであるからだろう。

さて、もうひとつの話題に移ろう。というのは人工衛星が無数の破片と化してブロックやクルーニーに襲いかかってくるシーンについてなのだが、私は宇宙空間を舞台にした幾多のSF映画ではなく、バスター・キートンキートンの栃面棒』とここの間に補助線を引いてみたい。巨大な物体があたかも主人公に狙いを定めたかのように襲いかかり、しかし紙一重で直撃を免れる点。また襲来物同士の「激突」とそれによる襲来物の「増殖」「方向転換」という点において、『ゼロ・グラビティ』の当該シーンは『キートンの栃面棒』ローリングストーン・シーンの宇宙的リメイクだと云える。キートンは持ち前の韋駄天で岩石の襲来を命からがら切り抜けた。その軽業はあたかも彼が重力の制約から解き放たれているかのように見えたかもしれない。が、真の無重力状態はむしろ身体操作の自由を著しく奪い、『ゼロ・グラビティ』の惨劇を招いてしまう。

しかし、ここでほとんど老婆心にも似た思いから注記しておくと、『ゼロ・グラビティ』は「宇宙=無重力=死」および「地球=重力=生」という単純きわまりない図式をなぞった映画ではない。ブロックを襲う最大のピンチ、すなわち人工衛星の残骸の「再」襲来は何によってもたらされたか。云うまでもなく残骸群が一定の軌道を描いていたためであり、むろんのこと、それは地球の重力なくしては生じえない惨劇的運動である。

(評価:★4)

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