[コメント] 新感染 ファイナル・エクスプレス(2016/韓国)
感染者たちが元気いっぱいでいい。オンorオフが明確な襲いっぷり(口ばくばく)は任天堂「スーパーマリオブラザーズ3」のワンワンを彷彿させる。「列車」はさすがに映画的舞台で嬉しいが、空間の活用度は満点に遠い。たとえばハドソン「チャレンジャー」一面のように屋上でもアクションを繰り広げたい。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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と、ここでヴィデオゲームを引き合いに評してみせることが必ずしも無益な戯れとも云い切れないのは、『ライフ』の拙稿でも触れたが、「感染者は視認できないものは襲わない」「音には反応する」等の手前勝手に拵えた「規則」を前提とした危機や危機の解消は、どうしても遊戯の色彩を濃くする傾向にあるからだ。もっとも、これはこの映画に留まらずゾンビ映画一般、さらには未知の脅威を描く創作物語の多くに該当する事柄でもあるが、しかし着想の次元で勝負する映画としてはぜひとも乗り越えてほしい壁である(もちろん、却ってその遊戯性が美点となった映画も多いだろうことは云うまでもありません)。
さて、先に列車空間の活用度は満点から遠いと述べたが、むしろ列車の停止・乗り換えに伴う駅舎/プラットフォーム/線路におけるサスペンス展開は、感染者モブの集合力とも相俟って及第以上の充実を見せている。感染者群が全速力で非感染者に迫ってくる図はさながら「福男選び」のようだ。あるいはバスター・キートン『キートンの警官騒動』『キートンのセブン・チャンス』のようだと善様に云って云えないこともないが、いずれにせよ感染者たちが元気いっぱいでいい。
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