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[コメント] グリーンブック(2018/米)

ヴィットリオ・ストラーロの孤独な闘いが実を結んだのか、『ヘレディタリー 継承』『ビール・ストリートの恋人たち』そして本作と、一対二のアスペクト比が近時とみに流行の兆しを見せている。フィルム撮りがほぼ絶えた今日、アス比のみを取り上げてこれをユニヴィジウムと呼んでよいのかは知らねども。
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しかし『女と男の観覧車』や『ビール・ストリートの恋人たち』に較べると、『グリーンブック』からこの画面縦横比について積極的な意義を見出すのは難しい。ほとんどアメリカンヴィスタと相違ない印象を受ける。もっとも、規格や技術・技法が観客の意識にのぼることのないよう努めて透明に振舞うのも「映画」とりわけハリウッド商品の一流儀であって、したがって以上はほとんど余談に属する弁に過ぎない。

さて、夜の土砂降りの中でマハーシャラ・アリが胸の内を吐露するシーンであるとか、終盤のバーにおける即興合奏シーンであるとか、名場面となるべく企まれた箇所がさしたる落ち度もなく名場面に仕上がっているあたりを見ても、全般に演出は及第の水準を優に超えている。しかしピーター・ファレリーなればこそもっと破壊的な珍道中コメディを期待したものだが、これを珍道中と呼ぶにはいかにも珍感・珍度が物足らない。道中で発生する危機に想像を超えるものがない。「グリーンブック」もさしたる劇的要素を担わない。これはどうしたことだろう。

冒頭のナイトクラブのシーンにおいて勃発した騒ぎを、ヴィゴ・モーテンセンは得意の拳骨を振るうことで手際よく収める(クリント・イーストウッドのようにカメラに向かって殴り掛かる)。このように「暴力の人」として現れたかに見えたモーテンセンだが、ホールの係員にスタインウェイのピアノを用意させる件りを除き、彼は危機処理において暴力を行使しない(暴力はむしろ鉄格子を招く)。「機転の人」「弁舌の人」として振舞うだろう。道中の騒動が狂騒化しない要因はこのあたりにも求められそうだが、しかしそれ以上にこのキャラクタ造型の繊細な加減を称えるべきだ。また、どういうわけかほとんど無条件に好感を寄せずにいられないリンダ・カーデリーニの造型もそれ自体がまず見事で、さらにその彼女がモーテンセンに愛情のまなざしを向けることによって、観客もモーテンセンに好感を抱くよう仕組まれている。この「好感の反射」とでも呼ぶべき現象は、当然モーテンセン-アリ間においても再現が目指される。そして「手紙」を媒介として形成される、モーテンセン-カーデリーニ-アリという何とも滋味深い三角関係には、演出家の演出技術と世界観の総体であるところの「人格」が美しく結晶化している。実にアメリカ映画らしく「モーテンセンが家に帰るまで」の映画である『グリーンブック』は、それが「アリとカーデリーニが対面するまで」と同義であるように撮られている。

ところで、題目に関わるところにも少し触れておこう。巷間には、この映画が現実の人種差別問題に対して有効でない(無効であるばかりか、むしろ有害でさえあるかもしれない)という言説も漂っているらしい。モーテンセンはアリの音楽的才能や教養・心柄に触れることで自らの黒人差別・偏見を正していくのだから、翻って云えば、アリほどの才能・教養・心柄の持ち主と出会わない限りモーテンセンの差別意識が改まることはなかった、というのは大いにありえそうな話だ。そして当のアリは「これほどの才能・教養・心柄を持った黒人が地球上にあと何名いるだろうか」と思われるほどの(さらには性的にも少数者であるという)「特殊」な造型を施されている。その意味で『グリーンブック』は特殊の物語であり、現実の差別問題一般に通用する筋でないという批判は正当である。しかしこの見方は、その特殊がもたらす「白人と同じ扱いを受けられないばかりか黒人コミュニティにも居場所を定めることができない」というアリの孤独を不当に低く見積もっている。臍帯が切断されてから息絶えるまで、私たちは例外なく「ひとり」でしかない。アリのキャラクタにはそのような絶対的孤独の擬人化という側面がある。特殊が極まることでアリは「黒人」を越えて「わたし」になり、「あなた」になる。それが満足に果たされているかどうかはまた別にしても、ともかく『グリーンブック』は人種差別問題よりもさらに広い射程を持つことを自らに課し、特殊を描き詰めることで普遍への到達を目指すという「映画」の本性に従おうとしている。

(評価:★4)

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