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[コメント] レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う(1994/フィンランド)

失敗作と断じられることも少なくない作品だが、私はそうは思わない。じゅうぶんに面白い。何よりカウリスマキのフィルモグラフィにおいては無視できない重みがある。
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**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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まあ、フィルモグラフィにおける意味なんてカウリスマキに興味のない人にはどうでもよい事柄でしょうが、とりあえず述べてみようと思う。

カウリスマキは旧三部作(『パラダイスの夕暮れ』『真夜中の虹』『マッチ工場の少女』)において徹底して「フィンランドに希望は無い」ことを描いた。『マッチ工場の少女』のひとつ前の作品に当たる『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』は、その題が端的に示しているように「アメリカに行く」映画であった。旧三部作の後に続いたのは『コントラクト・キラー』『ラヴィ・ド・ボエーム』という国外を舞台にした映画。そしてカウリスマキはフィンランドの地に舞い戻ることを決意した。『愛しのタチアナ』はフィンランドを脱出した男たちのうち、ひとりだけが不本意ながらフィンランドに帰るという映画であり、本作『レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う』は云うまでもなく「フィンランドへ帰郷する」映画である。カウリスマキがフィンランドの現実に根差しながら希望を描いた新三部作(『浮き雲』『過去のない男』『街のあかり』)という傑作群をものにするためには、是非とも「帰郷」の映画としての本作が撮られなければならなかった。したがって、一見悪ふざけに終始しただけのこの映画をカウリスマキのフィルモグラフィから無視することはできないのだ。

最後に、私が最も笑ったシーンについて。それはカウボーイズの演奏をバックにCIAの捜査官アンドレ・ウィルムスが「Kili Watch(ギニワッチ)」を歌うシーンで、熱唱するウィルムスのバストショットに始まるそのシーンは、カットごとにカメラ位置が段々と遠ざかってゆく。ウィルムスはダンスも交えて表情豊かに力の限り熱唱しているにもかかわらず、カメラが遠くなるたびに、そして熱唱すればするほどに情けなさや場違い感が増幅される。実に切ない可笑しさだ。頑張ったウィルムスのためにも、この映画はもっと評価されてよい。

(評価:★4)

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