[コメント] アンブレイカブル(2000/米)
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さて、「馬鹿話」と云ったが、もちろん私も馬鹿話だとは思うのだけれど、そう云い切ることにいささかでも躊躇いを覚えるか否かが、シャマラン肯定派と否定派の分かれ目になるのではないだろうか。一面で、これは非常に切実な映画であると思う。たとえばサミュエル・L・ジャクソンの母親。先天的にきわめて脆い肉体を持った息子を慮って戸外のベンチにプレゼントを置く彼女の心情を、馬鹿話を盛り上げるためのただの一方便だと斬って捨てることは私にはできない。また、これはジャクソンとブルース・ウィリスの「自分は何をするべき人間なのか」「この世界における役割は何か」という問いの物語だ。確かに、それは随分と青臭い問いに違いない。「自分探し」などと云い換えれば途端に安っぽくもなる。しかしそれを問わずにおれない当人の切実さを他者が笑うことはおそらく許されない。そして、同じ主題を『レディ・イン・ザ・ウォーター』において多分に滑稽に、だが見ようによっては美しく語ってみせたシャマランは、人がそのような問いに囚われることに潜む危うさに気づかぬほどの阿呆でもない。「自分は何をするべき人間なのか」「この世界における役割は何か」の答えを見つけたと思い込むジャクソンは、世間の尺度からすれば精神異常のテロリストでしかなかった、と描きうる醒めた目を彼は持っている。
ところで、不当にもほとんど言及されることがない事柄なのでここで云っておくことにするが、シャマランが描く「大人の女性」はとても魅力的だと思う。このロビン・ライト・ペン。『シックス・センス』のオリヴィア・ウィリアムズとトニ・コレット。『ハプニング』のズーイー・デシャネル。そりゃ単にお前さんの趣味だよ、という声も聞こえてくるが、ただの幼稚な誇大妄想狂には造型できないだろう、実在感を伴った深みのある女性像ではないか。綺麗で芝居の達者な女優を呼んでくるだけで事足りるものではない、複雑な一貫性が彼女たちの間にはあると感じる―有り体に云えばそれは、憂い、哀しみ、孤独だ。
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