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[コメント] The Guilty/ギルティ(2018/デンマーク)

通報指令室というほぼ一つの空間で、ほぼ一人芝居。舞台が限られるなか大部屋から小部屋へ移動し、さらにブラインドを下ろし照明も赤色のランプになる。画変わりを工夫すると同時にその変化が主人公の心情を表現する。序盤の主人公のイヤな奴っぷりも含め、めちゃくちゃ上手い。
アブサン

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







「ラジオドラマでやれや」と思う人がいるかも知れないが、条件が絞られるラジオドラマだと逆にネタが割れてしまいかねないストーリーで、そして主人公アスガー自身の物語は隠れた罪の告白である。これを両立させるにはアップの画面による演出も必要で、実はかなり映画向けに組み立てられた題材なのだと思う。

序盤、ボスとの「明日の(審問会の)話」の場面がある。電話を置いたアスガーは黙り込み、その後周囲を盗み見るようにうかがう。一瞬、なんと彼はカメラと目が合うのだ。ここで観客は些細だが、強烈な違和感を抱く。緻密に計算された脚本と演出の映画だが、普通ならNGになるような奇妙なカットも大胆に取り入れてしまう作品なのだ。実に侮れない作品である。

赤ん坊の死を知るショッキングな場面も、ラジオドラマならば声や台詞による反応を入れざるを得ないところだが、最悪の事態を知ったアスガーは、能面のような表情で口元を動かすくらいしか反応できない。「リアクションが取れない」というリアクションで衝撃の大きさを伝える、これも映像の強みだ。見ている側は思わず現場の惨状を想像してしまい、それでも気をしっかり保たねばならないアスガーの辛い立場にシンクロする。

さらにその現場をマチルデに見られるという致命的なミスを犯したアスガーは、部屋のブラインドを下ろし、一人の世界へと閉じこもる。この映画では空間が限られているからこそ、部屋の移動や舞台の変化が重要な心理描写となる。

緊急通報指令室内で部屋を移動するアスガー、家から車・助手席から後部座席へ移動するイーベン、そして警官やマチルデが足を踏み入れた赤ん坊の部屋。誰かがドアを通り抜けるたびに話が展開し、アスガーの心情が変化する。それが反復される。

オペレーターであるアスガーは、通報者に対してある種超越的な存在だった。映画のオープニング、電話室で通報に対応していたときの彼は、助けを求める人に説教をしようが警察の到着を遅らせようが、職務の範囲でなら自由にできた。通報してきた被害者に対して、裁きを下すように振舞うことが可能だった。

赤ん坊の父親に対しても、「被害者ぶるな、息子を殺した罪を償え」と一方的に責めたてる。だがこの言葉は、人を殺した彼自身へと跳ね返る。審問会で自分が裁かれることを恐れたからこそ、彼は他人を裁く側でいようとし続けた。しかし、直後にアスガーは赤ん坊殺しの犯人が父親ではないことを知る。

自分ひとりの空間へと逃げ込み、イーベンに対してだけ心を開きかけたところで、彼女の口から赤ん坊殺しと誘拐事件の真相を聞かされる。職務を越えるほど深く関わった事件で、自分がはじめからすべて間違っていた事をつきつけられたのだ。

だが彼は、その事実から逃げる事はしなかった。損得を超えて、アスガーは一人の人間として事件に関わりイーベンを救おうとしたからこそ、自分の過ちから目を逸らさず静かに受け入れる。そして、自らの本当の罪と向き会う覚悟を持つ。

赤ん坊を殺した事を思い出したイーベンからの電話を受け、アスガーは暗闇のような個室から、煌々と明かりの灯った大部屋へと戻る。自殺しようとするイーベンをなんとか止めるため、アスガーは彼女と仲間たちの前で自分のした事を告白し、隠していた罪を白日の下に晒す。はじめは他人を裁く側として座っていた席で、アスガーは自ら裁かれる側へとまわった。彼女は自殺を思いとどまり、警察に保護された。

すべてを終えたアスガーは、仲間たちの視線を浴びながら部屋をあとにし、出口の手前で立ち止まる。しばしの沈黙の後、まるで腰の拳銃に手を伸ばすようにして、ポケットの携帯を探る。この一瞬はひやりとした。電話室なので銃は携帯していないのかと思ったが、彼の腰にはちゃんと銃が下がっていた。

ちなみに冒頭を見返すと、新聞記者との電話を注意した女性警官の銃も目立つように映されている。その直後のカットは、窓枠越しに小部屋から大部屋を捉えたアングルで、まるでアスガーが檻に閉じ込められているような構図だった。

アスガーは恐らく奥さんへと携帯で電話し、そのままドアノブへ手をかけたところで、映像が暗転する。奥さんは彼の元を出て行った。アスガーも警察を出て、いや出て行けないまま、映画は終わる。奥さんは電話に出ない。

最後の最後まで、抜かりなく完成度の高い映画なのでした。

(評価:★4)

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