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[コメント] それでもボクはやってない(2007/日)

この国にはロッキーがいない。
ishou

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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 お世辞にも華やかとはいえない俳優陣。なんでこうも陰気な輩ばかりを選ぶのかとも思えるほどに徹底している。舞台も牢獄・満員電車・法廷と窒息寸前のラインナップだ。

 それでもこれほどまでに人を引きつけるのは、キャラクターの造形が優れているからではないだろうか。経歴しかり、エロ雑誌しかりで、どこまでも凡庸で脆弱なキャラでありながらも芯の強さを見せる朴訥な魅力をもつ金子。対して、人が良さそうで冷静ながらも、慇懃無礼な裁判官。この脚色が実に見事だった。それに終盤で証人が重要発言をした際の裁判官の間(ま)のとりかた、微かな表情のゆがみを見せた小日向文世の技量は奇跡としかいいようがない!(ついでに『キャシャーン』のような過度にギラギラした作品のなかでも、一人だけ“草”のような存在感で目を惹いていた彼ほどに抑えのきいた役者は世界的にも珍しい。助演男優賞を10個くらいあげても足りないくらいだ!)

 それに誠実でシンプルなプロットにも、とても好感がもてた。0.1%の可能性にかける男は、まさにこの世代に足りないなにかを夢魅せる見事な“挑戦者”たりえていたのではないか。さながら意匠を取り替えた『ロッキー』にも見えた。

 不幸にも、ギュウギュウ詰めの電車に毎日乗車し通勤通学する必要があり、不幸にも、その社会の仕組みに疑問をもって換えるようとすることもなく。暴動もなく。不幸にも、少なからぬ変態が出没し、女子の体を勝手に触り興奮し、女子は対抗するすべを失い。この国ではないどこかならば、「触んな、変態」の一喝とビンタのひとつで済みそうな話も、いっこうに終わる気配を見せず。

 ただし、この映画は実は全くもってバランスの取れていない映画なのであって、冒頭の言葉でもそのコンセプト明らかなように、売り言葉に買い言葉、癌に対する対抗癌のようなものだ。ストーリーとしても“冤罪”が明らかであり、この憎き司法制度、糞ったれ!!!に尽きる映画だ。でもより根が深いのは、この映画を見て憤りを感じている人間のほうかもしれなくて、たとえば99.9%の裁判官が無罪を出さないように、金子と同じ立場になった人間は99.9%示談を選ぶだろう。その傾向はこの映画を見たことによって、さらに強まることだろう。

 だが絶望する必要はない。この男、まだ戦うつもりなのだ。

(評価:★5)

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