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[コメント] ダークナイト(2008/米)

個人と大衆
山ちゃん

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 本作は、中二病寸止め映画である。中二病寸止め映画とは何か。そもそも中二病とは何だろうか。その症例の一つに、例えば、資本論を全裸で読むことが挙げられよう。図書館で借りればいいものをわざわざ何千円も金を出しそのくせ読むのは2,3頁であとはペラペラめくり読んだつもりになる。そしてインテリぶって俺は資本論を読んだぞと優越感に浸る。そして全裸で読む、ことで俺は特別な存在、特殊な存在であることを自分で認める。大衆とは違う特別な存在であるということを自分でアクション(=行為)を起こして示すのである。これは私の個人体験の一例に過ぎないが、そういう自ら道化の皮を被り自己を卑下しているように見えて実は他者を見下しているインテリぶった者を中二病患者と言うのだとすれば、ジョーカーは、中二病患者および予備軍ならびに健全だが潜在性を秘めている者にとっては、まさにカリスマ的存在であるといえる。

 ジョーカーは、知性と幼児性を兼ね備えた道化師である。知性かつ幼児性を備えた道化師ほど魅力的な者はいない。故に彼のアクションはどれもこれも呻らせる。彼のアクションを見た中学生のガキは、鑑賞直後からジョーカーの影響を受け始めるだろうと思う程であろうし、私も中二病を再発する程である。そして彼のアクションはどれもこれもが思わず真似−しちゃいけないけど−したくなっちゃうもののオンパレードである。例えば、幼児性と、欲望に満ちた人間をあざ笑う無欲さが一体化したドル札ピラミッドで滑り台。そして、はちゃけたナース姿と独自のカオス理論で、デントを口説くシーン。そして、口が裂けた理由のいい加減さなど適当なところは適当で、相手の先を読む用意周到さといった慎重なところは慎重であるというこの按配加減。そして、彼の意のままに陥る正義のヒーローバットマンと正義の遂行者デントの姿を見、人間とは無力と思いしれされ、そこからジョーカーを崇拝し、そこからジョーカーの理論武装を援用すれば人間を意のままにできるという全能性のようなものがじわじわやってくる。

 しかしながら、本作は−ここがすごいと思うのだが−中二病に罹るまさにその直前にハッと我に変えさせるのである。あたかも、ジョーカーを通じて感じた先の全能性のようなものが一瞬にして消え去るのである。終盤、ジョーカーによって無理矢理引きずり出された一般大衆と囚人軍団との生存をかけた戦いが繰り広げられる。しかしながらその戦いは、人間の醜さを呈することなく静まりかえる。どちらも爆破スイッチを押さないのである。押さない、すなわちアクションを起こさないのである。そしてそのアクションを起こさないことによって、ジョーカーのいわば連勝街道驀進をストップさせたのである。

 ここに、本作から、個人と大衆について深く考えさせられるものがある。思うに私は大衆というものを軽んじているのである。私だけではない。バットマンことブルースウェインもそうなのである。彼は、デントに光の騎士となることを望む。この街には顔の見える騎士が必要であると。個の権力者を望むのである。そしてそのウェインの発言に対し、レイチェルは、かつて英雄であったが独裁者として権力を蹂躙したカエサルを引用してその危険性を喚起する。

 そもそも、たとえ、それが正義の遂行者であっても、個人に権力を委ねることは危険なことである。それは、絶大な威力を発揮できるバットマンも知っているはずだ。だから彼は殺さない。殺すと彼もカエサルのように一線を越えてしまうからだ。そしてジョーカーは、それを見通している。だから、彼は、バットマンに仮面を脱ぐか自分を轢き殺させるか迫る。仮面を脱ぐと、彼の特権は放棄され、彼もまた大衆の一部に過ぎなくなり存在意義が消滅し、ジョーカーを殺してしまうと彼は、一線を越えてしまい、悪と変わらない存在となる。だから、彼はジョーカーに勝てない。そしてジョーカーは個人そのものに対しては意のままにできる。だからこそ、個人が台頭するのは後発的事由の点でも危険なのである。一方、大衆はどうか。最後の最後に大衆は、ジョーカーの狙いに嵌らず、アクションを起こさなかったのである。誰もが爆破スイッチを押さない。それはアクションを起こさない勇気ともいえる。そして、大衆とは個人と個人の複合体なのである。複雑にからみあった複雑系なのである。だから、一個人が意の赴くままに制御できるほど甘くはないのである。

 だから、中二病寸止めとは、一言で言うと、大衆をなめるな、もっと言うとアクションを起こさない大衆をもっと尊重せよ、それだけである。そして本作は、興奮のやまない急激な高熱を身のうちから発せられつつも、なおかつ急にその危険な熱をラストでヒヤっと冷まして健全な状態で帰らせてくれる。なんと青少年に健全的なことか。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (5 人)Orpheus 3819695[*] 週一本[*] ぽんしゅう[*] YO--CHAN[*]

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