映画芸術としてのバランスが高度に昇華された類まれな作品である。モチーフだけで完全勝利したといえるハイコンセプトな作品であるが、スピーディでスリリングなカメラワーク、美術センスの高いカット、血湧き肉踊るハイブリッドなサウンドメイキング、まさに現代的な映画の結実といっていいだろう。確かに設定でいう悪役が悪役然としてその対比の構図が歴然なので、すべての肌理に粗さがないでもないが、それを補って余りある映画の躍動感とファンタジーの充溢が賜物である。ダニー・ボイルが一皮剥けたことを決定付ける確かなプロダクションワークだ。また役者陣では幼年時代のジャマールがなによりも素晴らしい。彼が被写体としてあるだけで一本の映画を創ることができるという期待を抱かせる輝かしい存在感は貴重である。ダニー・ボイル作品はイギリス映画特有のリアルな生活の痛覚というものを描き出す視点に先達の例にもれず非凡な才能の持ち主であるが、これで次回作のハードルがぐっと高くなった。『トレインスポッティング』後の寄り道で遠回りしたが、今後に更なる期待が高まる。