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[コメント] ランド・オブ・ザ・デッド(2005/米=カナダ=仏)

Yes we can
ExproZombiCreator

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ロメロにとって20年ぶりとなるゾンビ映画復帰作。『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』のようなホラー作品とは違い、『ゾンビ』のような派手な格闘シーンも無く、『死霊のえじき』(以下旧三部作と呼称)めいた醜い激論もありません。今回も作風は一変しています。

作中で最も作り込まれているであろう箇所は、舞台である近未来世界の住人たちの思考的なものであり、また文化的なものだと感じます。見世物として「ゾンビを娯楽の道具」にしているのがロメロらしいアイデアと言えます――人間の残酷さを強調する意味合いが含まれていますが、現実に起こり得る範囲のものであり、リアルに感じます。従ってSFとして受け取るのが一番楽しめる観方だと思うのですが、その近未来感を楽しんでいるところにロメロ曰く「ブッシュ政権を」、演じたデニス・ホッパー曰く「ラムズフェルドを」意識したという悪のボスが現れ、「化石燃料を使ってふっとばされる」というのはあまりにも現代的な物を表していますし、率直な風刺でありスマートさに欠けると思います。

もう一つ社会問題的な描写があります。「一つの物事に集中し過ぎる要領の悪いタイプの人(アスペルガー症候群のことかな)は、周囲との助け合いが生まれれば強力な人材と化すので、現在のように弱者として切り捨てるべきではない」といった風に読み取れる場面がありましたが、これも展開の仕方的に盛り上がらなかったように思います。

ロメロの作家としての顕著な変化が見られる点に「女性の描き方」があります。60年代では声も出せずに怯え続けていました。70年代、ヘリの操縦の仕方や銃の扱い方の教えを請うことで活躍するのですが、男性との討論となると劣勢に陥っていました。80年代になると軍人相手にひるむ事なく討論を交わし、90年代となりますと有事の際に何ら教わる事無く銃を手に取りゾンビと戦いました。 色々変化はありましたが、女性を正義として描く事に関しては一貫しており、またウーマンリブ映画も撮った経験があります。

それが今作ではどうでしょう。武装された、戦車よりも強力な車を「ビデオゲーム感覚で」操り(具体的な台詞があります)狂った笑みを浮かべ、楽しんでいるかのようにゾンビどもを殺しています。旧三部作までは男性が狂って自滅するという物語でありましたが、今作最も狂っているのは前述の女性でありまして、悪のボスはあくまでも冷静な悪なのです。ちなみに女性キャラの名前は「プリティー・ボーイ」と言います。私が思うに「男性と同等の権利を得たことを実感するために、男性の粗暴な部分までも意識的に真似をして悦に浸っていると、こんな人になってしまいますよ」といったメッセージと解釈しました。旧三部作におけるウーマンリブ描写はあくまでも世相の反映的なものでしたが、今作はじめて啓蒙的なものを感じます(悪く言うと説教臭い)。

さて、この作品は面白いのですが何か物足りません。原因はいくつかありまして、一つ目は「破壊の対象」である金持ちどもの生活をじっくり描いていないからではないかと思います。  

二つ目に、近未来物には「予言」がよく登場しますが、そこがいまいちだから、とも考えられます。華氏451度におけるコミュニケーション問題レベルの物を創って欲しいとまでは言いませんが、近未来の人物はただでさえ視聴者と大きく価値観が異なり、感情移入がしにくいので、そういった所で目の惹かれる物が無いと辛い物があります。

三つ目は、主人公と唯一仲の良い親友とのやりとりです。信頼関係自体は強固ですし、作り込みも感じられるのですが、主人公の態度が冷淡なので、作品にユーモア感が無くなってしまい寒々しい感じがします。

四つ目は「多視点的作風」です。今作と同じようなものを『クレイジーズ』でも感じましたが、ロメロは明確な多視点の映画を創るのが苦手な印象があります。チョロのようなモラルの感じられない人物を活躍させておいて、ヒーロー的ポジションの主人公、派手なアクションを見せてくれそうなアーシア・アルジェントの活躍が実に地味であります。これでは娯楽的満足感が低くなって当然だと思います。強いて言えば、チャーリーが敵を狙撃する場面に恰好良い演出を凝らしてありまして、見せ場の一つに感じますが、これもまた前述のアスペルガー〜云々の啓蒙的な意図が感じられます。もしそうであるなら、チャーリーこそ主人公的に扱えば良かったのではないでしょうか。チョロが今作最もいきいきとしていたとは思います。しかし筋のバランス的に、チョロがいきいきとしているのが正解であるかという話になると、私は首をかしげます。多視点という観点で見れば、死霊のえじき(完成版ではない)オリジナル脚本が今のところ最も良作であり、今作は1ランク落ちる印象です。主人公不在といいますか、どこに着目して良いのかがわかり難くく、特に初見の印象が良くありませんでした。

五つめに、これはかなり明瞭に感じる事なのですが、オープニングの掴みが旧三部作に比べて格段に弱いと思います。「ビッグダディとガソリンスタンド」という、後の伏線となる映像ではありますが、掴みとして見ても、伏線としての印象としましても画が貧弱に感じ、心に残りません。店内も撮り、もっとビッグダディを強調したオープニングにしたほうが良かったのでは、とも思います。

予言の話に戻りますが、今作のテーマはロメロ曰く「変化(ゾンビの進化の脅威等)について見てみぬふりをする者」とのことです。そして四年後の現実世界では「変化を見逃さない大統領」が就任しました。現実世界のビッグダディ大統領の動向次第で、やはりロメロの作風も変わるのでしょうか。

(評価:★3)

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