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[コメント] 血のバケツ(1959/米)

「監督」ロジャー・コーマンを侮る無かれ
Bunge

気楽に楽しめる娯楽作を量産しつつも、才人発掘能力の高さにおいて定評のあるロジャー・コーマンだが、監督としての手腕も確かであることを認識させられた。

冒頭からしていつものロジャーとは異なる雰囲気が漂う。

観念的な詩の朗読によってムードが張られ「同じことの繰り返しなど無意味だ。二度繰り返す事は死を意味する。芸術を通して創造的に生きよ」この言葉に主人公は胸を打たれる。しかし現実の彼は周囲から馬鹿にされ、隣人の夫人からのみ優しい言葉を投げかけられるような、誠実さだけがとりえといった軟弱者だ。

そして壁の中に迷いこんだ猫というポーのオマージュから核心に迫り、繰り返しの人生を侵食するようになびく影の演出、そして主人公は死体を使った芸術作品を制作する。この一連の流れをわずか15分で描く手早い引き込みによって好奇心は多いにそそられることとなる。死体を使った芸術作品の造形は本当に不気味であり、少なくとも映画好きを騙せるくらいの出来には仕上がっている。

そして人物像だが、主人公にかんしては作りこんでいると表現しても言いすぎではない。作中で「自分の真の姿」という台詞が登場するだけあってホラー映画としてのみならず「タクシードライバー」のような自分探し系映画のエッセンスも持っている。周囲の人物は「特定の目的を果たす駒でありながらも存在感はある」といった、尺の短い映画としては理想的な仕上がりだ。役者も上手い。主人公の性格あってのストーリー、脇役、演出であり調和が感じられる。

何度か犯す殺人はそこに至るきっかけが荒っぽいものの、丁寧に作られたこの映画のあからさまな欠点は一貫してそこのみだ。確信的に尺の短縮のための配慮とも思えるし、エドガー・アラン・ポー作品や世にも怪奇な物語ののような、幻想的作風なので目をつぶれる。また構図も全体的に良い。というよりも、クラシックホラー映画の中ではかなり上位に位置する。

これが5万ドルを使って5日で撮影された作品であることはもはや神業であるが、巨匠が勢ぞろいして作り上げた世にも怪奇な物語の1エピソードとして入り込む余地のあるくらいに力を持った映画である。

この「安定した良作」のセットを流用し、翌年には「カルト映画」であるリトル・ショップ・オブ・ホラーズを撮ったこの頃のロジャーには何かが憑依したとしか思えない。

なにせ「私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか」という本を書いた監督が、失敗覚悟で映画を製作したのだから。

2012/03/12

(評価:★4)

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