１　目覚めてはじめての「行ってきます」。序盤。学習・模倣の段階。明確な自我はまだなく、生に対する喜び「浮力」や哀しみ「重力」はまだ感じていない。まっさらな白紙の状態。この「行ってきます」は自らも意味を理解しておらず、他者に正確に理解されていない。

２　様々な出逢い（他者との関係性の獲得）を経て、こころの軽さ・喜び「浮力」「我」を知る。ペ・ドゥナが「遊び」に出かける際に発する「行ってきます」。中盤。ふわふわと街を浮遊するペ・ドゥナの無垢な自我の喜びがまぶしいほどに映えるもっとも美しいシーンが展開されるが、この「遊び」はゲームセンターや隅田川などにおける「一人遊び」であり、他者との関係性は希薄である。これが生の苦しみを度外視した「ファンタジー」のビジョンであることに注目したい。無垢がまぶしければまぶしいほど、このシーンは生の「重力」にとらわれるヒトの苦しみへの予感を際立たせ「せつなさ」を獲得する。

３　後半。「こころ」をもったヒトは関係性という、良い意味でも悪い意味でも「くびき」にとらわれて生きるほかなく、自らが生きるために他者を生かす空気を吹き込んだり、吹き込まれたり、空気を奪い合ったりする。傷ついたり傷つけられることもヒトの営みの一部で、汚れも空気として吸い込んで生きなければならない。汚濁と哀しみに触れること、オダギリ・ジョーとの出逢いを経て「重力」を体得したペ・ドゥナのビジュアルは、ここでもっとも「人間」の強い輪郭をまとう。この、「浮力」と「重力」のバランスこそがヒトをヒトたらしめる「こころ」の形なのだろう。浮力だけでは糸が切れた風船のように飛んでいってしまうのだ。もっとも強く発せられる、終盤の「行ってきます」。

しかし３のもっとも人間らしい輪郭を獲得したペ・ドゥナが、関係性といのちの理解への錯誤の果てに「自殺」して「ハッピーバースデー」の合唱がかぶるシークエンスは、あまりにも悲劇的で苦しい。ほとんど「こころ」とは十字架のようなものだ。その重さにつぶされたり、ヒトとして生き、生かす力にもなる。「こころ」の宿命を背負ってゴミ捨て場で動かなくなるペ・ドゥナ。これは反面血の通いこころを持つヒトの優位性をその身をもって示したということになるのだろう。だからこそ生きろ、と。この驚愕の聖性。その残り香の中で前を向くヒトビト。「きれい・・・」の一言を呟く星野真理(？)。会心の一言。

「生」の「浮力」と「重力」の映画。もっとも観たかった「ピノキオ」の再解釈。

この寓話が、ロボットが廃棄される超未来のジャンクヤードではなく（わたくし、『A.I』は嫌いです。『イノセンス』は大好き）、戦争で壊滅し、ゴミが際限なく生み出され、それらがうず高く積み上げられた「東京」という、歴史上おそらくもっとも「あわてて」作られた最大の都市 （喪失感の代用品の集積所）で語られる現代的必然性。リー・ピンビンの撮影については改めて触れない。前半の浮遊感から後半の沈殿していく「空気」。「見るからに美しいモノ」を何一つとして撮っていないにも関わらず、この質感。素晴らしいと思います･･･

ペ・ドゥナが吐いた息が風鈴を揺らして美しい音を奏でるシーン（セカイへの作用力を認識する）、オダギリの神聖な感すらある「工房」と物静かな語りの意味、ARATAの「血」、自らのオナホールを取り外して洗うシーンと生殖器しかない蜻蛉のメタファーの重層解釈など、これでもかと寓意を詰め込んだ作りで正直消化しきることが出来ない。正直私の頭脳ではもうあれやこれやと意味が多すぎて、スペース上も限界である。『イノセンス』と絡めて考える余裕なんてさらにない。なんかいろいろ矛盾しているような気もするのですが、完全に頭がショートしております。考え出したらキリがない。シネスケ上の解釈のそれぞれも、それぞれが正しいんだと思います。これだけ多様な解釈を許す映画ってちょっと普通じゃない。この詰め込み方は尋常じゃないです。是枝さん、こんな映画撮って頭おかしくならないんだろうか。

それにしてもペ・ドゥナ。クラクラ。とにかくクラクラ・・・ここだけに集約でも別にかまわない。クラクラ・・・今まで観た中でこれほど官能的な映画はなかった。クラクラ･･･