コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 英国王のスピーチ(2010/英=豪)

風土的歴史的素地の相違は脇に置いて、単純に、ちょっと特殊なだけの小さな物語として観た私は完全にやられた。主演3人の鉄壁布陣の滋味深い応酬だけでも鼻血が出る。劇伴の反則技にも目を瞑る。「セラピー」を意識したカメラなどの小技も奏功。何より嬉し恥ずかしなヘレナファースの交歓に理性が崩壊。
DSCH

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







レビューはほとんどとりとめない余談です。

● 劇伴はモーツアルトとベートーベンを多用している。で、私が勝手に「これをむやみに使ったら反則」と認定している曲が3曲も含まれる。モーツアルトのフィガロの結婚とクラリネット協奏曲(治療シーン)、ベートーベンの交響曲第7番(スピーチシーン)のアレグレットである。反則というのは、これらの曲の用い方を多少でも理解していれば、たとえ弱いシーンでも強靭に締まるからである。有体に言ってずるいのである。

終盤のスピーチは、それが結局ジョージ6世本人の作によるものではないことが、多くの観客をキツネにつままれたような気分にさせたことと思う。あの劇伴と主演の演技で押し切ろうとしているようにも見えなくもない。もっとも、私は単に「一歩を踏み出した」というシーンとして解釈している。たとえば極端な話、『独裁者』のような映画の枠組みをすべて破壊するスピーチを私は特にここでは期待しなかった。だから、この作劇が弱いということを言うつもりは必ずしもないが、それにしてもあざといという印象は持たざるを得ない。が、反則と知りながらそれに負けてしまうのが私の甘いところである。

特にベートーベンがドイツ出身であることについて、選曲に致命的な欠陥がある、という議論は私はしたくない(そんな議論はないように思いますが)。これも余談だが、『独裁者』のスピーチシーンのワグナーも私は擁護する立場にいる。さらに余談だが、このところ顕著に反則技を多用すると私が勝手に認定しているのが園子温である。

● カメラワークに工夫がみられる。「治療」の過程での対話シーンは、ファースラッシュを正対して映さない。特に父と兄の思い出をファースが語るシーンが顕著で、ラッシュは画面右側、ファースは画面左側に寄っている。カメラもそうだが、実際劇中の二人も正対はしていない。これは「傾聴」という技法であって、相手の話を真摯に聞く、という姿勢は、必ずしも正対が正しいとは限らず、むしろ相手に緊張感を与えやすいためにとられる方法で、ラッシュのとっている位置とりもこれに当てはまる。このカメラワークは、ファースにラッシュが寄り添っている、という印象を与えると同時に、観客もまたファースに身を重ねて傾聴されている気分になり、ファースの苦悩を共有する、という仕掛けになっている。ただし、序盤の面接シーンでは、ぽっかりとあいた画面が、傍らにヘレナがいない、という不安感を醸成する機能も果たしており、このあたりの芸がこまやかである。ここに限らず、位置とりで映画は絶妙に成立するのだ、と思わせるシーンが多数ある。

● 欠点はさておき、私が局所的に★5にしたいのは「腫瘍摘出!」と連呼しながらヘレナとファースがじゃれあうシーン、「すてきな吃音、幸せになれそう」との台詞である。耳を押さえてワアアと叫びながら走り出したくなる。本当にごちそうさまといいたい。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (6 人)死ぬまでシネマ[*] ゑぎ[*] サイモン64[*] 煽尼采 ナム太郎[*] けにろん[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。