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[コメント] 我が家は楽し(1951/日)

見所は凸ちゃんの画のモデルになった途端に石像になる山田五十鈴マルセル・カルネがこれを観たら『悪魔が夜来る』を彼女主演で撮り直したくなったに違いない。
寒山

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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似顔絵書きの凸ちゃんが街頭にサンプルとして掲げるポートレートは笠智衆山田五十鈴佐田啓二。彼女の家族と恋人なのだが一瞬有名人ばかり並べているのかと見えてしまう。そういうオールスター映画。

ホームドラマとしてのサービス精神が作品を生温いものにしている。主に凸ちゃんの周辺事情がそれで、恋人が結核だとか勤め先の悪徳不動産だとかは当時の風俗としてリアルなものだったのだろうから安っぽさも割り引いて観るべきなのだろうし、恋人の名前を砂に書く佐田も微笑ましいから許してあげられるが、作品が入選して家族パーティというハッピーエンドは作り過ぎだろう。そんなことより、引越しを止めてしまう高堂国典の造形をもっと掘り下げた方がよかったはずだ。本作は田中澄江のブルーリボン脚本賞受賞作らしいが、『稲妻』『流れる』などの代表作に比べれば試作の域を出ていないし、凸ちゃんの扱いもアイドルでしかない。

いいなと思わされるのは亭主の家族歓迎会(何で歓迎会なのかよく判らないが)の開始直前に夫婦が報奨金を盗まれたと知る件。そこまでのバラっとした導入の、忘れっぽい笠や金の工面、届けられる帽子などのネタフリが効いて唐突に盛り上がる。凸ちゃんが母親の箪笥が空っぽなのに愕然とする件も映画的で優れているが、弟はそのためだけに足の骨を折ったようなもので、ここはちと前振りが鈍いと思う。

この作品で最も驚くべきは山田の身体感覚。凸ちゃんの画のモデルになって椅子に座るのだが、本当に静止している。女優さんだから瞬きしないのは基本技だが、髪の毛から爪先まで蝋人形に変身している。まるで魂が抜けたかのようだ。そして玄関から声がかかると魂が戻ってきたかのように立ち上がる。このシーンは驚異的。力士の股割をはじめて見たときのような衝撃を覚えた。これがそのまま、かつて絵の道を志した母の、画に対する優れた技量の一端を覗かせるという含みがあるのが巧みである。最近、山田五十鈴の誉め言葉ばかり書いているようで気が引けるが、上手いのだから仕方がない。

戦前に奨励され、敗戦により反省されたであろう婦徳の尊さを、滅私奉公ではない別の器に盛り込むのが、この作品の目指された主題だったのだろう。娘に自分の夢を託す山田も、それと知らずに想いを受け取っていた凸ちゃんも、繊細にそれを表現しているのだが、どうも絵の才能云々とは簡単安直でいけない。もっと別の地道な職業が選ばれるべきだったのではないか。夫婦の金の工面が心に残るから猶更そう感じる。それと、笠が森永製菓の人事課長と特定されるのは、何か意味があるのだろうか。大会社の課長があんなに貧乏だったのだろうか。

(評価:★3)

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