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[コメント] ほえる犬は噛まない(2000/韓国)

和みのブラックユーモア集。金にならない善意の徹底。並木道でゆらゆら揺れるキャメラが心地よい。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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偏執狂たちの織りなす喜劇はやんわりと閉じられ、小学生の女の子の手元に愛犬は戻り、警備員は既製品の犬肉で我慢することを覚え、浮浪者は留置所で飯にありつく。きりきり舞いの終わったユンジュは、講義室で眼鏡を外して得も云われぬ表情を浮かべる。彼は何を想っているのか。

ヒステリックに犬を殺して贈賄もした自分に失望し、引き換えに得た出世に魅力を見出せないでいる、と捉えるのが自然だろう。本人の指示により次々と講義室のカーテンが閉められるのは、この男のお先真っ暗を暗示している。書割のブラックホールに絶叫しながら吸い込まれていく悪役とはブラックユーモアの典型的な終わり方であり、本作でもこれが踏襲されている。このようにしてユンジュは自らを断罪し、舞台から退散する。最初に観たときはそのように理解した。別に間違ってはいないだろう。

しかしこの度観直して、ユンジュが気の毒になった。彼に感情移入すれば、別様にも観られると気づいた。この最期の時にあたって、彼はヒョンナムを回想しているに違いない。ヒョンナムはあの、彼の犬殺しの遠回しな告白に気づいたのだろうか。ヒョンナムはこれを考えている。あの真っ赤な月が蠱惑的に美しいシークエンスは、絶妙なカット割りでもって、気づいたか気づいていないか、どちらとも取れるように描かれている。ここまでのネジの一本外れたようなペ・ドゥナの巧みな造形を確認してきた観客とともに、やはり気づかなかったと解するのが自然なのかも知れない。しかし、それでも彼は彼女の思いやりに想いを馳せることになる。

他の者には平凡な小娘でも、彼にとっては彼女はその存在自体が天使なのだった。彼女本人が気づくとか気づかないとかは、結局どうでもよい二次的な事柄なのだ。電車の車中で物乞いをする婦人にユンジュは金を渡すが、ヒョンナムは席を譲ろうとして婦人の物乞いを邪魔してしまう。これは前半においてはヒョンナムの間の抜けた性格の描写であるが、ユンジュの行為と対照すると、金銭を解さない関係の構築が無意識に目指されているのだと判る。会社勤めを放り出してマンションを巡る彼女のあれこれは全て、金にならない好意であることが徹底されてある。

この映画の冒頭の科白は、ユンジュの「いい天気だ、山でのんびり昼寝でもしたい」だった。だからラストシーンの、クールに山登りを敢行するヒョンナムは、ユンジュの願望の産物でもある。金を求めない生活とは何なのか、彼は問い続ける。これはあんたの話だとヒョンナムから鏡が向けられる。この鏡はへし折られた自動車のものだが、ヒョンナムは一生、自動車になど乗らないだろう。鏡の乱反射が向けられるのは狭義にはユンジュなのだが、広義には観客全てであった。

(評価:★5)

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