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[コメント] あゝ声なき友(1972/日)

渥美・北村対決の緊張感は、失って初めて判る、戦後日本のつっかえ棒だっただろう。これを伝えてくれる裏「男はつらいよ」。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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ホンも演出も不満は多い。『軍旗はためく下に』(同年作)と志向を同じうした作品だが、あちらが一点めがけて収斂していくのに対して、本作の方法は並置であり『舞踏会の手帖』系。すると話の順列は重要だろうにイマイチのんしゃらんで、各々の逸話も玉石混交。

小川真由美といつ別居したのか説明がなかったり、彼女のご臨終ですが下手糞で滑稽だったり、倍賞千恵子の件だけ一人称語りを外れたり、戦死と騙されて再婚する長山藍子の件がもう後半なのに焦点外していたりと、雑な処が目立つ。しかしこれらは比較的どうでもいい瑕疵だ。

追いかけるべきは渥美清の倫理観だろう。本作は彼がプロダクション立ち上げて臨んだ企画。明らかに裏「男はつらいよ」が目指されており、笑わない寅さんという造形も、旅芸人一座に合流(別れにラブレター渡す旅芸人が妙に印象的)したりする脱線もその線に沿っているだろう。そして寅とは真逆の倫理観で全国を渡り歩く。その姿に頭が下がる。

財津一郎とのコンビはいい味があるのにばっさり切り落とされるのも「男はつらいよ」ではありえない。そしてドライな香山美子の流れで北村和夫の優れた件に至る。手紙が誤配に至るというイロニーのなか、過去を忘れるという通俗な世渡りを選んだ北村の優れた造形は戦後日本の似姿そのもの。渥美のような聖者の登場に耐えきれず居酒屋でへたり込んでしまう。図式的だが、余りにもリアルな図式である。

名画座でお爺さんお婆さんに囲まれながら昔の戦争映画など観ていると、ああこの相客の老人たちも戦争は知らないんだ、と違和感を覚えることがある。本作の渥美・北村対決の緊張感が日本社会から失われたのも無理はないのだ。渥美は自分を突き動かしたのは「怒り」だと云う。これはいまでも革新派のお定まりのフレーズだが、このように内実を伴った「怒り」は見失われてしまった。だから本作のような「遺書」は尊重すべきと思う。

今井映画としては、カラー時代に脱落した巨匠という通念を裏書きする出来でしかないが、貨物列車で初めて貨物列車で終えるショットは怒気迫るものがあった。ふたついいギャグがある。米軍の残飯から出てくるコンドームと悠木千帆の下ネタ。彼女が揶揄する按摩の市原悦子の逸話も印象に残る。有馬は『兵隊やくざ』の作者でもある。原作も優れているのだろう。読んでみたい。

(評価:★4)

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