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[コメント] 決戰の大空へ(1943/日)

抑圧的な善意溢れる演出が痛々しい予科練PR映画。行軍の見送り方を比べると木下の『陸軍』がいかに当時破格だったかよく判る。海軍省肝入りにつき記録的な価値はやたら高い。
寒山

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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「撃ちてし止まむ」情報局国民映画。予科練の記録の部分は詳細で興味深く、私の父も通信兵だったのでモールス信号の授業など見入ってしまった。ラグビーの授業など、なるほど役に立つだろうなあと思わされる。しかし予科練PR映画として肝要なのは、班長の「試験は誰でも受かります」と練習生の「腹一杯食べさせて貰っているよ」というふたつの科白だっただろう。朝五時十五分起きは厳しい。

美貌の頂点にあった原節子は跳び箱(木馬と呼ばれる)ができない小高まさるを「やろうと思ったらできないことなんかないのよ」と励まし、物語は言質取ったぜと云わんばかりにそれを予科練受験の励ましへと拡大させていく。原は引退後に回想を全くしない人だったが、その沈黙は若い頃にこんな役柄を重ねた後悔からだっただろうと想像する。八住利雄にとってもやっつけ仕事だったのだろう。一方、渡辺邦男はマジだっただろう。

ユルい物語のなか、突然に驚嘆させられるのが「体当たり」の件。特攻が組織的に実施されたのは1944年10月であり、本作の時点では行われていないのだから(Wikiによれば自主的な判断での実施例はあるらしい)。しかも、事実は軍によって秘匿されていたと私は思い込んでいたのだが、映画で堂々披露されている。教官は練習生に滅私殉国の精神だと大いに讃える。楠木正季は二十三歳で死んだんだとその「七生報国」が奨励される。小高は感動して予科練に入る。よくこれでPR映画になったものだ。小高の年齢の人たちが戦後にまで持ち越した心情が語られていて、生々しくも痛々しい。

鑑賞したDVDの付録に、旧予科練の遺構を訪ねた映像がついていたのだが、ナビゲートした予科練卒業生のお爺さんが「棍棒で殴られながら訓練したよ」と語っており、笑わずにいられなかった。映画と全然違うぞ。「強者どもの夢の跡だね。最後は燃料もなくなって飛行訓練もできず、みんな回天なんかに乗るために戦場へ散っていった」にしんみり。おそらくは期せずしてのことなのだろうが、本作の見事な批評だった。

(評価:★2)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)水那岐[*]

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