コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 母べえ(2007/日)

降る雪の切なさと空襲後を示すセットの驚き、力の入った美術が素晴らしい。しかしそれにも増して本作は台詞の映画だ。淡々とした色調を転覆させるラストの一言の強烈さ。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







大人しい人が怒ると怖い。ラストは飛び上がり、それから居住まいを正させられた。優れた庶民の厭戦・反戦の表現だが、それ以上のものがある。偽善ぎみな終末医療に揺さぶりをかけたとも取れる。怒りを抱えながら黙して生きてきた一人の人物。そうしなかったから獄死した夫と対照を形作っているのに言葉を失う。

この作品の特徴は、基本設定である「思想犯の家族が受けた白眼視」の描写が意外に少ないことだと思う。面会時の特高たちの冷笑、虐められた姉の独白、教授の保身(かつての正義の人鈴木瑞穂にこれを演じさせるキャスティングがすごい)及び父親の勘当の件ぐらいか。例えば吉永小百合が隣組の常会に遅刻する件、吉永が虐められるんだろうなあと見ているとそうはならず、宮城遥拝のギャグになる。例えば山本薩夫なら虐待の描写で忙しく全編塗りつぶすだろうに、ユーモア描写を印象ではほぼ同数積み重ねる処に山田洋次の方法があるのがよく判る。

法螺吹きの笑福亭鶴瓶など物語に大して関与していない訳だが(一家は贅沢と無縁なのだから)、だからこそいかにも回想録らしいリアリティがある。そのようにして等身大の人物を積み上げたからこそ、最後の一言が強烈になった。

でんでんと馬鹿息子の造形はお約束の素晴らしさで、「おじさんは何でも知っているのねえ」と褒める吉永のリアクションにはとても複雑なものがある。優しくしてくれた隣人への感謝と、共感する夫の意志を曲げねばならない処世の苦さとがない交ぜになっている。

若干の不満を。野上照代の父は戦後も活躍している。本作はとても肝心な処がフィクションであり、ならあえて原作を指定する必要があったのか、よく判らない。壇れいのアップが少ないのは、もっといけないことだと思う。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (2 人)けにろん[*] ぽんしゅう[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。