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[コメント] 破戒(1962/日)

同和問題を正面から取り上げ、原作を批評した和田夏十の姿勢は評価されるべき。
寒山

**ネタバレ注意**
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藤村の原作は読むのが辛くて、最終章を前に本棚に返してしまって、そのままになっている。発表当時から「罪と罰」の真似とかショーアップし過ぎとか評されたらしく、確かにこうやって映画で粗筋をなぞると、船越英二藤村志保はマルメラードフとソフィアそのものだし、議員の妻が資産家の同和出身者という設定は訳わからんし、三國連太郎の暗殺もやり過ぎだろう。史実としてはデフォルメがあることを念頭に置く必要がある。

しかし結果、丑松の孤独感がラスコーリニコフ以上の激しいものになったのも事実で、作者の腕力はものすごい。ただ作家の文章にだけ癒される市川雷蔵の孤立は、新聞のコラム通りに世の中が回らない不条理を感じる現代の孤独なサラリーマンに通じるものを感じる。藤村は小説の題材に関して利用するものは利用するエゴイストだったから、その功罪を観客は眺めることになる。

本作、同和問題を正面から取り上げた和田夏十の姿勢は評価されるべきだ。三國や岸田今日子の造形は立派(一方、中村鴈治郎の僧侶は中途半端。仏教こそ同和問題と密接な関わりがあるのだから、そこを突っ込んでほしかったが)。原作では丑松は最後、テキサスだかに逃亡するらしいから、ここを修正して運動に参加することにしたのは和田の(あるいは時代の)藤村に対する批評であるだろう。彼女は『野火』でも原作の最後を変更していて好ましかったが、ここでも正しいと思わせられる。

しかしそのため、船越がまだ生きているのに「東京から呼んだら来てもらえますか」「はい」と言葉を交わす雷蔵と志保の別れは何やら訳がわからなくなってしまった。いっそのこと(可愛いからこんなこと書きたくないが)志保の件は端折って、その分生徒たちとの交流を描いたらもっといいものになったのに。雷蔵の教壇からの挨拶を聞きながらそう思った。

(評価:★4)

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