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[コメント] アニキ・ボボ(1942/ポルトガル)

目撃した者はまず自分を変えなくてはいけない。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







前半はジャン・ヴィゴの世界。冒頭で破壊される人形からして『ニースについて』(1929)の引用だろう。教室での抑圧、鬱屈した子供たち。カルリートスが盗品の人形をテレジーニャに渡そうと屋根伝いに走る件は『新学期 操行ゼロ』(1933)のラストシーン、校舎の屋上での勝鬨が想起される。ヴィゴのようなアナーキーな暴動が予感される。しかしここから物語はオリヴィエラ独自のものとなる。

ガキ大将が線路に転落する事件が起こり(この丘の上での目線の交錯がいい)、主人公は錯覚した子供たちから犯人だという濡れ衣を着せられる。胚胎していた内部分裂が露見するのだが、重要なのは子供たちの行動の必然の糸が途絶えないことだ。さもありなんという自然さでカルリートスは排斥される。まるで叛乱は分裂が不可避と云っているようだ。カルリートスも仲間たちも悪者扱いしない描写の積み重ねが優しい。

変わるのは子供たちではなく、「欲望の店」(すごい店名だ)の店主ナシメント・フェルナンデスだ。この守銭奴然とした男が目撃者の逡巡を経て、予想に反した善意を見せ、「争いは無意味だ」と語り聞かせるに至る。この「不自然」な展開に、軍事政権からの亡命者オリヴィエラの書置きのようなメッセージを見てもいいだろうと思う。目撃した者はまず自分を変えなくてはいけない、という。

撮影は極上。路地の描写はテンポが緩やかで並行発生したハリウッド・ノアール系とはタッチが違い、オリジナリティが感じられる。度重なる警官の登場がだんだん悪夢めいて行くのが凄い。夜半の壁に影が大写しになるカットは、単純に本作が先行しているのだから、『第三の男』のものと云うべきじゃないだろう。少年や少女の部屋の光と影など極上。保管がいいのかリマスタリングなのか確認し損ねたが、フィルムの状態が素晴らしく、愛情を感じる。生き生きとした子役たちも忘れ難い。

(評価:★5)

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