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[コメント] かぐや姫の物語(2013/日)

千と千尋』のように二人は手を取り合って宙を舞うが、ここから受ける印象は正反対だ。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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竹取物語は変なテクストだ。異邦人が共同体の価値観を顚覆させるアイロニックな前半と、その異邦人が地上を惜しみつつ去ってゆく心理的、抒情的な後半が、そもそも分裂している。『かぐや姫』の作者は、全体を抒情的に構成し直すことによって全編を統一させる方法を取った。結果、心理描写が全編を覆うことになった。

原テクストにない挿話、特にかぐや姫と捨丸らとの交流ではこれが上手くいっており、生気に溢れて面白い。しかし原テクストに沿った箇所になると、隔靴掻痒の感が激しくなる。宝探しの難題を出すかぐや姫の「心理」が判らない。翁の要求との妥協案と説明されるが、そもそも難題自体が断っているのと同じなのだから無理がある。異邦人の風刺を心理的に説明するのがどだい無理なのだ。

本作の美点は、かぐや姫という天女が地上に転落した顛末を、作者の帰農思想というかエコロジー思想に結びつけたところで、力技だが説得力があった。エコロジーにおいては六道輪廻の序列が転覆するのだ。六道は、天道―人間道―修羅道―畜生道―餓鬼道―地獄道の順(月の天人も輪廻を逃れてはいない)だが、エコロジーは生態系の死と甦りを肯定する思想であるから、畜生道が一番上にあり人間はその次、天道はこれに及ばないことになる。都の俗物どもはすると、修羅か餓鬼ということになる。宝探しの難題の件も、こう考えると六道の順列組み直しを示すため欠かせなかったのだ。本作のベースにはこの2系列の争いがある。

しかし、思想的な図式としては興味深くても、心理的な劇作に巧く反映できたかというと、イマイチではないだろうか。終盤の説明は科白に頼り過ぎでぎこちないし、エコな田舎が好きというよりも捨丸兄ちゃんが好きな田舎が好き、という小さいところに心理が収斂してしまっている。これでは捨丸が町育ちなら町が好きなかぐや姫になりそうだし、捨丸が好きなら不死の薬を飲ませればいよいのに、そうもしないのも不思議だ。姫様はよく判らないお人だという感想しか湧かない。相当の年数をかけて制作された作品だと聞き及んでいるが、失礼ながらまだホンが充分に練られていないと思う。

当然意図されているのだろうが、本作は『千と千尋の神隠し』にたいへんよく似ている。中心(湯屋・町)を批評し周辺(故郷・村)へ還れと説くエコロジーの主題も、ふたりが手を取り合って宙を舞うクライマックスも瓜二つである。しかしこのクライマックスから受ける印象は正反対だ。『千と千尋』ではナンセンスかつポジティブな収束がここに畳み込まれているのに対し、生真面目に物語の主題を謳う本作はどうにも理に落ちてしまって膨らみがない。千尋もかぐや姫も故郷喪失者(引っ越し・月から追放)であるが、千尋はマンションに埋め立てられた琥珀川を二度と見ることはできない、というリアルさが観る者の心を打つのに比べれば、かぐや姫の物語は抽象的で茫漠としている。天人だったらこれからでも何でもできるよね、という雑念が観る者をリアルから遠ざけもするのだった。

異界と接触した者は別れた後もその徴を手元に残す、という物語の定跡がある。『千と千尋』でも銭婆から貰った髪留めがラストシーンで千尋の髪に示されていた。この作品では翁や嫗にも捨丸にも何も残されない。竹取物語本編ではもちろん、かぐや姫は帝に不死の薬を残す。姫がいなければ生きていて何になるだろうと、帝は薬を飲むのを拒み、富士山に捨てさせる。天界の永遠の命より地上の生命の営みをよしとする、本作の主題を完結させるに相応しいこのエピローグが省かれた理由は明白だ。作者は皇族を味方と位置づけていないからである。エコロジー思想の立場から体制批判をしようとするとき、作者にとって体制批判の古典である竹取物語は いかにも扱いやすかったのだが、帝の造形においては原典を踏襲していない。竹取物語の作者は菅原道真説もあるぐらいで、反体制だが天皇を批判する訳はない。一方、高畑は帝をエロ青年に仕立ててエピローグを省いた。いわば黙殺法であり、原典を当たったら云いたいことは判るでしょ、と云っているに違いないのである。こういう反骨を示す監督は、メジャーでは井筒と崔洋一を除けば今や高畑だけだ。だから水墨画を模した作画もただのジャポニズムではなく、古の都を追われた漂白の画家たちへのオマージュと受け取りたい。こういう作品は誉めたくて仕方ないのだが、残念ながら★3でしかない理由はすでに書いた。

(評価:★3)

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