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[コメント] 小さいおうち(2014/日)

倍賞千恵子は本作を遺作に選んだのだろうか。まるで子供のような慟哭に胸刺される。
寒山

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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何と「小さな」横恋慕の悔恨であることか。どこでギアチェンジして三角関係の泥沼が始まるかと待っていたのだが、映画は見事に肩すかしを喰らわせて終わる。この結構のつけ方が素晴らしく、相当に斬新、感慨があった。しかしこの周辺事情に纏わりついているものに納得できた訳ではない。

このドラマで描くべき背景は戦争ではなくて、松たか子と倍賞=黒木華の階級差ではなかったのか。それがための吉岡秀隆への横恋慕なのだから(対等な関係なら浮気を指摘して奪っても正当だろう)。唯一、黒木が笹野高史と見合いさせられる件はエゲツなさまであるが、それ以外がどうも緩い。どうも歯車が合っていない。

玩具メーカーの大陸における市場拡大の皮算用はリアルで見応えがある。松の背景は十全に描かれ、最晩年の米倉斉加年という最高のキャストでもって裁断される。それは二度目の喜劇を演じかけている現代への警句として有効だろう。しかしドラマには嵌っていない。

なぜ東北は描かれないのだろう。倍賞=黒木の出身地山形や吉岡の弘前は何も描写されることがない。東北の飢饉(子供が大根齧る写真とか有名ですわな)を救えという大号令が226と続く軍備拡張を正当化したのは常識に属するが、物語はこの消去に躍起になっているとすら見える。倍賞の「嵐なんか吹いてないよ」には老人の頑固蒙昧のニュアンスがあるがそれ以上ではない。

階級差を温存した内政運営をファシズムと云う。と内田樹氏が述べていて、私などなるほどと膝を打ったものだったが、「女中」の心得を墨守する倍賞=黒木の感慨はちょうどそのようなものじゃないか。旧憲法下の平和を山田洋次がなぜ謳うのか、これと厭戦の主題がどう絡むのか、よく判らなかったのだった。

それでも4点なのはもっぱら倍賞の名演に依るものだ。何で私ここにいるんだろう。倍賞は膨大なフィルモグラフィーを通じて、常に背中でそう語っていた(そもそも怜悧な美女が『下町の太陽』ということ自体異様だし、寅屋では掃きだめの鶴だし、『』みたいな凡作を名作にまで引き上げたものだ)。これぞ彼女の類稀な存在感だと思う。。長生きし過ぎたのよと泣く本作はその集大成に相応しい。2017年現在、倍賞はその後、ドキュメンタリーのナレーションはあるが映画出演はしていない。本作が気に入って、これが最後でいいや、と思っているとしたら、しかしそれは間違いだと申し上げたい。

(評価:★4)

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