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[コメント] 海よりもまだ深く(2016/日)

地味な映画は好みなのだが、ここまで抑えると昔の老大家のエッセイとしか思えない私小説に似ている。話はこれからだし、演出も給水塔に登るぐらいしてもいいのではなかろうか。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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よく判らないのは真木よう子の造形だ。「人生設計」のため詰まらない男と付き合う彼女が唯一人間らしい処を見せるのは300円の宝くじを探す件だけであり金に辛い生き方にブレはなく、映画の最初から最後まで何も変わらない。主演女優に何ほどかの成長を施すのは映画のイロハでありベテラン監督がこれを知らないはずはなく、好意的に見れば常識の逆をいって一本撮ったということなのだろうが成功しているとは云い難い。もっとも、真木が阿部に寄り添う収束を見せられても阿呆らしい訳で、リアルと云えばリアルなのだけど、彼女の心根に一片の美しさも感じられないのは食い足りなかった。

阿部寛の息子への溺愛と、樹木希林の達観が対比された作品、と観ればよいのだろうか。本作の好印象はほとんど樹木の造形によるものだ。彼女にしてはややオーバー・アクトだが嫌味がない。仏教の林住期を選んだような諦念は老後のひとつの生き様だろう。テレサ・テンの歌のタイトルが「別れの予感」とは出来過ぎのセレクト。興信所調査(この詐欺の手口はすごい)を引き受ける峯村リエ(「これも私の人生」)と倍音を響かせるのも巧い。

映画はこの生き様を単に肯定している訳ではない。孤独死があったから親と同居するために団地に戻ったのだという阿部の旧友は本作で一番立派な人で、阿部の駄目さ加減と対比されている。小林聡美の家族で満杯になる団地は同居の不可能を示している。

是枝作品は常に「理想と金」を巡って語られる。優れたスタンスで劇場で金を払って観る価値があると思っているし、本作は確かにこれが深化している。親の「見捨て方」は『歩いても歩いても』よりシリアスであり、理想じゃ喰っていけないねというリアリズムは『そして父になる』より深かろう。しかし修羅場はここから先のはずだ。息子と母のために、阿部は漫画の原作を書かざるを得なくなるのだろう。倫理は収入を求めている。ここからどうするのか、が観たい処なのであり、真木の造形含め、本作は余韻を広く取り過ぎだ。ぜひ続編を求めたい。フォアボールを狙う息子という秀逸な造形ももっと突っ込んでほしい。

俳優は名手ばかりで、樹木・小林の掛け合いはさすが。中村ゆりは美人すぎて、侘しいはずの事務所やラブホが華やかに見えてしまった憾みがあるだろう。冒頭の駅の立ち食いソバ屋は入口に自販機が見えるのにカウンターで注文するのはおかしいし、屋外に広告を貼るのは屋外広告物法により自治体の許可がいるがあの興信所が届けを出すとは思えず、この辺りいい加減な印象がある。

(評価:★3)

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