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[コメント] 二重生活(2015/日)

尾行は二重生活じゃないし「どちらが自分か判らなくなる実存」を描くのなら主役は西田尚美でないとおかしい。何か間違えてないか。冒頭の「人を尾行するのが習慣になった」なるソフィ・ガルの引用には人を行動に駆り立てる悪意があり秀逸なのだけど。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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ソフィ・ガルという人はポール・オースターの一派らしく、それなら映画も「幽霊たち」みたいな尾行追跡劇なんだろうと想像される。主人公は論理的な迷路に陥り、最後は発狂するだろう。そういうクールで人間離れした映画なのかと思いながら観た(もうひとつ、ポルノコメディという可能性も捨て難くあった)私の期待はまるで裏切られた。いや、いつまでもオースターの探偵劇でもないのだから、これを更新しようとする志があるならそれは頼もしいと思うのだが、その行きつく先はいつもの微温的な家族愛だった。

本作は前半と後半に分裂している。前半はそのオースターの線で、クールで好きだ。尾行は面白く撮れている。追跡タクシーを長谷川博己のタクシーのすぐ後ろに停めちゃう件とか、門脇に目をつけるホテルマンのしつこい目線とか、門脇のイタリア高級料理店への突撃とか。そして長谷川にバレたときの門脇の「私は貴方と会っちゃいけないんです」という笑っちゃう突飛な説明とか。

パートナー菅田将暉へのいましていることの説明も面白く、菅田は尾行について「判んない。それって何か意味あるの」と常識人の回答してから「俺たち何で一緒にいるんだろう」ととても哲学的な問いかけをしてマンションを出て行ってしまう。この辺りは複雑なユーモアがいい味を出していた。

相手にバレテも論文書かねばならない門脇、という設定もまたコメディ寄りで、長谷川をホテルに誘い、ポルノコメディみたいになり、失敗すると「私の空っぽを埋めたい」云々と泣き落としに出てこれも「薄っぺらい」と批評されて失敗する。長谷川が敏腕編集者だという前振りはこの件のためだろう。この辺りも私はギャグと見たい(告白時に門脇のバストはとても大きく見えるのだが、これは菅田がアニメのバスト修正する前振りの踏襲でCGではないか)。そしてこの八方塞がり、この先どうなるのだろうといういいジレンマが発生している。

しかし、なんともったいないことに、リリー・フランキーの指導教授の「尾行の対象かえてもいいよ」の膝カックンの一言で、長谷川は実質退場になりラストの妻との和解を車窓から見るだけになる。それはいかんだろう。

ここから物語は後半になり、西田尚美のリリーとの二カ月限りの代行サービス妻と、リリーの母のお見送りの泣かせ話に急転換。これが駆け足に過ぎる。西田につくってもらった弁当の写真撮り続けるリリーにいい哀愁があるのだが、それが撮りたいのなら、長谷川よりむしろリリーを手厚く描くべき映画ではなかったのだろうか。リリーの門脇への尾行指導も、要するにリリーの西田との関係を記録させたい露出趣味に思えてくるのがバカバカしい。

代行サービスこそ他人の立場に身を置くことであり、門脇の論文冒頭にある「どちらが自分か判らなくなる実存」、それを超える他者への配慮という本作の主題と直結する。映画はそういう纏め方だ。しかしそれなら、門脇は尾行などせずに、代行サービスの職場体験をするべきだったのではないのか。あるいは主役は、西田尚美にするべきではなかったのだろうか。タイトルだってそうだろう。二重生活で他者になる体験をしたのは西田であって門脇ではない。

烏丸せつこが狂言回しのマンションの小母さん役で寂しくなった。ロケは力はいっていてやたら細かく、沼袋の天野書店まで登場する。コンドームの相模ゴムがなぜか協賛している。完成した門脇の論文は読んでみたいものだ。

(評価:★3)

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