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[コメント] 三姉妹〜雲南の子(2012/香港=仏)

リアリズム版アルプスの少女ハイジ
寒山

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







幼い頃前後関係はすっかり忘れたが、ともかく泥濘を歩いていて豚小屋に至ったことがある。60年代の福井嶺南だった。冒頭、まさに同じ描写があり、驚嘆して映画に入り込んでしまった。そんな時代を覚えているのは私らが最後だろうが、日本映画でも僻地の農村をここまで詳述した作品は記憶にない。

画面から立ち上る湿気がリアルだ。路面も石塀も壁も湿っている。終盤はからっ風が吹いているから季節的なことなのだろうか。乾燥地帯のハリウッド発である映画で培われた感性とこの泥濘の詳述はズレるものがあり、見応えがある。汚れた長靴との格闘と、父親が土産にくれた真新しいスニーカー。『木靴の樹』との類似に思い当たるが、19世紀を緻密に再現した『木靴』に対して、本作はこの僻地にまでアメリカ資本が届いていると知らしめてもいる。携帯電話まで登場する辺り、SF映画の不思議まである。

キャメラは丘陵の腹を移動する人や家畜を背後から延々追いかける。この長回しがどれも素晴らしい(前方からの引きの長回しで撮り続けた清水宏と対照したくなるほど徹底されている)。なかでも羊と鶏の一瞬の格闘を捉えたアクションは抜群だ。糞拾いする荒地の連なる背景のパノラマは美しいというよりも原初的、パゾリーニならここで宗教映画を撮るに違いない。軒先でフレームの端をうろつく犬はタルコフスキーを想起させ、室内撮影の微妙な光はレンブラントを想わせるほど神々しい。

「貧しいけれども子供たちの笑顔は素敵」みたいな通俗を丸きり排除した映画だけれど、画面から貧困に係る主張は余り感じられなかった。世界人口の過半数が都市生活者となった現在、本当の貧困は都市スラムにあるだろう。中国とインドが経済発展を終えたとき資源の枯渇と自然破壊により資本主義は終わるだろうと柄谷行人は云っている。百年後に観れば、このような農村風景は何と贅沢だったことだろうと、そう感じられるのではないか。丘の中腹でひと休みして風を感じている英英を見て、否応なしにそんな感慨が湧いた。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)3819695[*] ぽんしゅう[*]

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