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[コメント] 聖の青春(2016/日)

裏テーマはモテない男の性処理。原作にはなく、向井康介が冴えまくっている。「金玉取ったんで、もうアダルトビデオいらなくなりました」。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







私は子供の頃から将棋好きだった。村山九段ご本人をアマチュアの将棋大会でお見かけしたこともあり、彼の棋譜もよく並べたものだった。ノンフィクションの原作も読んだ。思い入れのある人物だから、自然、映画の見方は辛くなった。なったのだが、それでもいい作品だと思った。

当然盛り込まれるだろうと思っていたエピソードが省かれているのにガッカリはした。それは例えば、親族会議で棋界入りを強烈に主張する少年時代の彼に教育委員の叔父が感動して両親を説得する側に回る件やら、師匠との共同生活のまるで動物の親子のような情愛の件だ。何で省いたのだろう。宿敵を羽生元七冠にばかり限定するのも、映画の判りやすさのために犠牲にしているものがあるだろう。

それでも映画は、主役ふたりの抜群の造形と丁寧なロケで、いいものにしてくれている。最も心に残ったのは、手術を迫る医師への、麻酔なしで手術はできないのか等のギリギリの抗弁の件。医療が万能ではない人がいる、というのは、終末医療の課題や自死の権利の議論にも繋がるだろう。

早期発見ができなかった母親の煩悶は切ない。幼少の折のネフローゼの宣告の件には、「なぜもっと早く診せにこなかったのか」という医師の母に対する叱咤に何のフォローもない。まるで彼女を非難するようなニュアンスが感じられるのだが、エンド・ロールにはご両親も協力者に上がっている。ご母堂の贖罪が映画に盛り込まれているのだろう。神妙に受け取った。

裏テーマはモテない男の性処理であり、向井脚本らしい。古本屋の女子店員とのぎこちないやり取りがリアルで印象的。瀟洒なマンションがマンガ本の段ボールで埋められる件は傑作、ゲップやらゲロやらの下世話なギャグの連発にしても、物故者の扱いとしては破格だろう。いい細部だった。

九段の逝去間際の、以前は考えられなかった達観したような笑顔(映画のクライマックスの対局は本来はテレビ将棋であり、準優勝のコメントは以前の真面目な彼からは考えられないくだけたものだった)は強烈に印象に残っている。ここは映画でもきっちりフォローされており、素晴らしかった。「金玉取ったんで、もうアダルトビデオいらなくなりました」。知恵者に至った者のユーモアだと思う。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)まー きわ

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