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[コメント] 早すぎる、遅すぎる(1981/仏)

自動車にキャメラ据えて旋回する貧困のフランスと直進する抵抗のエジプト。映画は「遅すぎる」リズムで観客が主体的に参加するのを待ち続ける。ストローブ=ユイレの画期的な逸品。★6級の傑作。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
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前半Aパートはフランス、冒頭のバスティーユ広場、交差点をキャメラが延々回るショットは映画撮影のひとつの傑作だろう。殆ど悪夢めいている。続いて報告地なのだろう、フランスの田舎町をパノラマパンし続ける。倉庫群や墓地、人は歩いておらず車はほとんど通らず、いるのは牛の群れ。様子は後半のエジプトの田舎道と対比されているだろう。どちらにも牛はいる。

ナレーションはフランス農村のエンゲルスの報告。「革命するのは市民でブルジョアは何もできず。法の下のブルジョア的平等は、搾取による友愛しか示されなかった」。陳情書の引用等の報告を場所ごとに読む。村の三分の一、半分が乞食。パリも同じ、65万人のうち11万人が困窮者。エンゲルス「コミューンの烈々たる友愛の情とともに訪れるのが早すぎたとするなら、バブーフの出番は遅すぎたのだ」。このフレーズは難しくてよく判らない。フランソワ=ノエル・バブーフは「農業共産主義」を唱えた18世紀後半のフランスの革命家。最後に田舎道の建物の壁に赤ペンキで書かれているのは「農民たちは反抗するであろう 1976」。

後半Bパートの執筆と朗読はマムフード・フセイン(バブガド・エル=ナーディとアーディル・リファァトふたりのペンネーム)がエジプト蜂起の歴史を語る。ナポレオンのフランス軍遠征以来、植民地支配への抵抗は続けられた。フランス撤退、農民による人民政府、イギリス統治、武装農民との闘い。

歴史の土地土地が映されるのだろう。このエジプトの風景は無人のフランスと対照的に活気に満ちている。左に河を見ながら自動車で延々と進む件が本作のクライマックスで、茫然とするほど美しい。鳥が鳴き、子供たちが手を振る。

この土地では時間が意味を持たないように感じられる。そんな視点が提示されている。空間に同位することで時間は無化される。ここにあるものが理想そのものだと映画は述べている。広場の円環とこの直線は対照されているものが感じられる。

アパート前にも大勢の子供たちが赤土のうえにキャメラ向いて並んでいる。広い畦道を農作業に行き交う老若が映される。彼らの祖先は蜂起したし、彼等も必要あれば蜂起するだろう。その必要がない限りここには幸福がある。

エジプトの工場(精糖工場らしい)。『共産主義者たち』(あちらにナレーションはない)を私は先に観たのだが、共産主義とまるで関係のないアラブの映像は何の対比だろうと思って眺めていたものだった。そうではないのだ。映像はこの労働者たちの祖先の抵抗の歴史が刻まれていると堂々報告している。金子遊氏の指摘ではこれは『工場の出口』の揶揄。リュミエール兄弟は自分の写真機材の工場の労働者を映しており、彼等を監視する視点がある等の批判があるとのこと。

本作は再見かも知れない。冒頭の円運動は学生時代に観た遠い記憶がある。

(評価:★5)

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