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[コメント] 午後8時の訪問者(2016/ベルギー=仏)

ただ雨に濡れた車道を通る車の通過音だけが流れるエンドロールの時間の、何と充実していることか。
寒山

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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後悔だけが人を倫理に目覚めさせる。ダルデンヌ兄弟の主題は常にこの変奏曲であり、その深掘りの姿勢は驚嘆に値するのだが、本作は変化球を投げている。主人公は珍しく中流に設定され難民たちは遠景に留められ、そして主人公の後悔が通例の収束ではなく冒頭にある。弱い展開なのなと思ったが、全然そんなことはなかった。インサイダーの良心を問うことは彼等のフィルモグラフィーに欠かせなったのだと思うし、これに見事に成功している。

ミステリーにあるまじきことに、ジェレミー・レニエは問い詰められてもいないのに自白する。彼女を夢に見るんだと。私も同じだとアデル・エネルは答える。だから本作には加害者も追跡者もない。ふたりは顔を見た者を殺すことはできないというレヴィナスの認識を共有している。後悔は少女の憑依でもたらされる。これはリアルなことだと思う。

細かく拾えば、研修医のオリヴィエ・ボノーが犯人と疑われる行動を取っていた(呼び鈴が鳴ってまもなく診療所を出る)のは紛らわしい。推理劇と見ればここも落第だろう。しかしそんなことはどうでもいいのだ。肝心なのはアデルがこれも後悔のなか(「誰が上司か見せつけたかったのよ」)、オリヴィエに全幅の信頼を置いたことだ。少女探しと同じく、アデルが診療所を引き継ぐのも後悔に始まっている。彼が犯人でなかったのは恩寵である。

撮影は以前に比べて引きぎみの構図が多く、カット割りも増えている。これは老境に至った監督全般の傾向らしいが良し悪しの問題ではない。ベストショットはアデルが乗車中に暴漢に襲われる長回しだろう。恐怖のなか逃走した暴漢と反対方向へ車を走らせるのを延々撮り続け、緊迫感がすごい。その他、一瞬の暴力がブレッソンを想起させる冴えを見せる処は衰えなど感じさせない。

アデルが被害者の姉に取材していたという偶然も、彼女への恩寵、褒美なのだろう。この抱擁の美しさ。しかしそれは一瞬で終わり、診療所の日常が続く。いつものように音楽はなく、エンドロールはただ雨に濡れた車道を通る車の通過音だけが流れる。このありふれた音が奏でる音楽の何と充実していることか。後悔を倫理に昇華できた者だけが体験できる充実した時間を、ダルデンヌ兄弟は私ら凡人にも垣間見せてくれる。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)moot けにろん[*] セント[*]

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