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[コメント] セールスマン(2016/イラン=仏)

タラネ・アリシュスティが襲われる件のブレッソン的簡潔に痺れた。ボコボコ演るお定まりを転覆させて原初的な恐怖がある。さらにすごいのは、この転覆を物語レベルでも実践していることだ。
寒山

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なんのかんのと理由をつけて、被害者が警察に頼まず自分で巨悪に対峙するという、犯罪映画におけるハリウッドのパターンがある訳で、たまに面白いのがあるので侮れないのだが、警察に頼めよと云いたくなるのも多い。問題はふたつあるだろう。ひとつは、もし被害者が判断を間違えていたら取り返しがつかなくなること。もうひとつは、私刑(リンチ)はルール違反でしばしば違法であること(「復習するは我(神)に在り」という宗教的な問題にも至るだろう。これ、イスラム教ではどうなっているのだろう)。

本作はこの視点を徹底させた、私怨晴らし上等のハリウッド映画への批評と受け取った。イランの法律では刑法上も警察への依頼は任意なのだろうか(反抗現場を残す云々の件など)よく判らないのだが、アリシュスティが警察への届出を断った段階で公法上の事件性は無くなっているのだろう。それではシャハブ・ホセイニは収まらない、妻も何かかくしていやしないか、という展開は巧みなものだ。結果、ホセイニは自らが私刑を行ってしまう。

この、イランから見たハリウッド娯楽映画文法の批評は、返す刀でトランプの国際ルール無視までも批評してしまった。この偶然は本作を歴史が選んだ映画にした。トランプ批判をしていたハリウッドのリベラルたちは恐縮しただろう。君たちの足元にもルール無視がはびこっているではないかと指摘されたようなものだから。アカデミー授与は当然と思われる。

撮影、美術も素晴らしく、加害者家族が階段で抱擁し合うショットなど宗教画のような静謐がある。結局登場しない直前の入居者を子連れの娼婦役の女優で代替させ、その子を部屋に招くというテクなど巧いものだ。ただ、ラストのイロニーは弱いのではないか。「セールスマンの死」のモチーフは、ホセイニはまだ死に至らぬセールスマンなのだ、ということだったのだろうか。彼の借金はまだ返済されていないのだ、と。それなら判るが、しかしそれでは判りやす過ぎるように思う。

(評価:★4)

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