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[コメント] 海辺の生と死(2017/日)

孤軍奮闘の満島劇場
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







いやあ予算ないんだなあという感想。これほど簡易なロケとセットで撮られた戦争映画を私は知らない。作戦本部や職員室すら現れない。実際に戦闘のなかった奄美が選択されたのも、製作出身の監督の方法なのだろう。もちろんこれ自体は構わない、観るべきはそこからの知恵の出しようだ。

で、肝心の映画は、残念ながらいいものとは思えなかった。私が映画らしい質感を画面から得られたのは二箇所、満島ひかりが教室で空襲を受けるショット(直前にキャメラが振動し、窓が割れる。驚いた)と、クライマックスの長い二人芝居の後、突然画面が反転して満島の上半身が逆光で捉えられるショット。他は漫然としたアングルでの長回し主体で、私には殆ど劇場中継にみえた。夜の光景が多いが、照明なんか平板だろう、邦画のトップレベルとは明らかに開きがある。

子役が下手なのもいけない。冒頭の授業など白けた空気が教室に漂ってしまっている。満島の衣装が多過ぎるのも、裕福な設定だからいいのかも知れないが戦時中としては妙、塩焼小屋の件ではワンピースの脇にファスナーが見えて白ける。いや当時もファスナーはあったのかも知れないが、離島だよ、普通ボタンでしょ。人間魚雷自体に何のシンボル性もないのも弱いし、怪しい村の爺さんが半端なのも弱い。特攻の悲恋のクライマックス、どうするのだろうと見ていると、新生児誕生で陽性に振れる(これだけならよくある定跡)件を前振りなしに畳み込むという離れ業。この強引さは別に不快ではないが、もっと別に相応しい何かがなかったのかと思う。

何か文句だらけですが、美点はもう満島劇場だと云うことだろう。彼女ならこの位は当然というので絶対に損しているが、ここまでできる女優は古今東西幾らもおるまい。ですます調の科白が麗しく、でっかい瞳が醸し出す対人間の不思議な距離感がファンタジーを駆動させている。だから劇場中継でも構わなかった。余りの情愛に永山絢斗の側からの「戦争という事情ですから」という云い訳が、意味をなさないというニュアンスが引き出されるのが秀逸。島尾敏雄の原作は読んだことがあって、こちらは悩める学徒兵が詳述される。映画はほとんど満島側から描かれていて、永山がただのボンボンに見えないか心配だが、満島劇場なのだから、この切り捨ては功を奏していると思う。映画としてもう少し充実していたらなあと彼女のために残念至極(これがミゾグチなら同じ砂浜でのノタウチ回りを『山椒大夫』にしちゃうんだもの。俳優って監督次第)。あと、井之脇海の大坪はいい奴。

外延だが見逃せない事実がふたつ。ひとつは、考証は正確なのだろうから、沖縄同様、奄美でも学童疎開がなされていないという当局の怠慢が酷い(行って当然)という印象を受けること。もうひとつは、永山たちへの指令延期は、本土決戦重視、沖縄「捨て石」作戦のうえに成り立っているという非情さがあること。無論終戦の決断が遅すぎるのだが、ここだけ見れば、こんな余剰人員があるなら沖縄助けろよと云いたくなる(もちろん特攻ではいけない)。だから本作のラストも、手放しで良かったねとは云い難いのである。

(評価:★3)

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