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[コメント] オン・ザ・ミルキー・ロード(2016/セルビア=英=米)

序盤★5〜終盤★2。まるで躁鬱病の躁から鬱への緩やかな症状転換を2時間かけて見守ったような具合だ。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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序盤の破竹の進撃とでも云うべきブラック・ユーモアはとても素晴らしい。跨るロバや人を襲う歯車など、チャップリン・キートンからの引用に満ちていて、特に、有事に真面にロバを進めるエミール・クストリッツァからは『キートンの蒸気船』が想起させられる。実に痛快。これがクライマックスだったらどんなに凄かっただろう。

音楽がまた素晴らしく、中盤を活気づけている。バルカンなメロディは本邦90年代のワールド・ミュージック・ブームの頃の華やかな熱気を思い出させてくれる。特に最初のパーティにおけるビッグ・ブラザーを皮肉る歌がいい。この件まで、映画はとても充実しており、正に息つく暇もない。

そしてこの辺りから、映画は意図的にクールダウンし始め、休戦協定破棄の悲劇が描かれることになる。『黒猫・白猫』以降は封印してきた『アンダーグラウンド』の政治的主張を、老境に至ってもう一度前面に押し出さざるを得なかった、ということだろうか。前者だけの無垢の歌で全編通すことなどこの監督なら容易いことだろう。これに経験の歌を加えて語らざるを得なかった監督の心境を想えば痛々しいものがある。

だがしかし、このメロドラマはいかにも中途半端に見える。喪に付す作業とブラック・ユーモアの相性が悪すぎる。最後のメロウ一本やりな石積み作業に至って映画の一貫性は放棄され、笑いあり涙ありの日活青春映画みたいなテンコ盛り感だけが残る結果になった。一貫して攻撃的だった『アンダーグラウンド』の完成度には遠く及ばない。メロドラマだけ見れば明らかに彼の得手ではなく、アンゲロプロスの深みがない。

多情な女にやけにモテる中年男という設定はもう彼の十八番で、村上春樹と同じ物語の方法ということだろう。エンドロールのVFXスタッフは膨大な人数、クストリッツァ印の動物たちについてはとてもいい(ただ、終盤の羊の群れだけはなぜか撮れていない)のだが、人物を扱うと途端に下手糞になり、終盤の滝への転落やモニカ・ベルッチの最期などは『ネバー・エンディング・ストーリー』レベルにまで低下していてシラケる。

蛇の余計な恩返しの主題は何か引用元があるのだろうか。ここが判れば別の感想があったのだろうか。死んだロバからは『バルタザール』を思い出すべきなのだろう。モニカが毎日観ていた映画は『戦争と貞操』でしたか。

(評価:★3)

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