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[コメント] 男はつらいよ お帰り 寅さん(2019/日)

「満男。お前幾つだ。何もう50歳。いい大人じゃないか。いい加減自分の判断ってものを持たなきゃ駄目なんじゃないのか。いつまでも叔父さん叔父さん云っていないで」
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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夏木マリが自動車から逃げ出すクライマックスで、吉岡秀隆後藤久美子を諭す際、「こんなとき寅さんなら」みたいな台詞を云う。それはとてもギコチない、不自由な台詞だ。他にも父の前田吟より寅が好きだった、みたいな台詞が二三あって、どれもギコチない。まあ、シリーズ終盤の満男噺はどれもそうだったのではあるが、寅あっての満男という主題に無理矢理持って行く手際の空々しさが本作も殊更に蔓延している。

吉岡秀隆を観るのは久し振りだったのだが、彼の泣いているような顔にドラマとは関係なしに討たれるものがあった。もっといい役で観たいものだと思った。彼も50歳。しかしまだ亡霊と対話する年齢ではなかろう(倍賞千恵子主演なら別だろうが)。大人なんだから、寅さん寅さん云っていないで、彼の寅さん的な言動から寅さん的な主題がひょっこり浮かび上がるようにするべきなのではないのだろうか(観客はそれを見逃さないだろう)。渥美清も遺影だけの登場でいいのだ。そうできないのは興行の理由なんだろうか。不自由なものである。

吉岡が作家という設定のなか、有名なリリーの告白やメロンの切り割を脈絡なく挿入する手際には、山田洋次が自分の傑作選を並べて悦んでいるような空疎さがある。書き下ろし長編にもこれを書くのだろうし、今回発売のブルーレイ全巻セットを買わせる松竹の商魂が覗いたりもする。そも、最悪だった前作『ハイビスカスの花特別篇』(金返せ)を勘定に入れて今回50作というカウントはあり得ない。

物語は、低調だった満男噺の続編につき大したものも出てこない。夏木マリのヒール役で何とか格好がついたぐらいのものだ。満男噺なのだから、主題歌を歌うのは桑田ではなく徳永英明でないとおかしいのではないか。新幹線飛び乗りのシーンでバックに流れていた歌を今回消去されて、徳永サイドもファンも不満だろう。また、冒頭の夢オチは海辺と砂丘をシンクロさせた奇妙なもので、70年代のソフトポルノ路線みたいで意味が判らない。

なぜか本作、俳優の滑舌の悪さが目立つ。タイトルの桑田の歌い出しからしてワンテンポ遅れ(あれはタメているのだろうが)、劇中も右に倣えが多く、頭で一瞬考えてから台詞を発している具合でとても目立つ(後藤久美子浅丘ルリ子もそうだし、美保純が一番ひどい)。だから丁々発止の喜劇になっていない。いいのは夏木マリだけだ。あとは濱田マリの喜劇が良好だが、サイン会の不満などこぼす件は厭らしい気がする。志らくは退屈。

池脇千鶴は儲け役でとても印象いいが、吉岡は腹の中で後藤より池脇を選んでいるのだろう、という処で物語がずる賢くなってしまった。あと、吉岡の娘との関係(パパは君との時間が一番大切なんだよ、とか何とか)は当世風なのか、上流階級のぎこちなさが蔓延している。シリーズではこういうのは、米倉斉加年的主題だったものだが、図らずもこれを抱え込んでしまったように見える。

本作の見処はもっぱら、特集「あの人は今」みたいな処。北山雅康の店長は和む。余りシツコく説明しないのが節操なんだろう、これだけは上手いと思った。すでに制作者だけの思い出ではないのだ。あの懐かしいさくら夫婦の一戸建はどうなったのだろうか。朝日印刷は潰れたのだろうか。とても気になる。

(評価:★2)

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