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[コメント] 野菊の墓(1981/日)

60年代東映狂い咲きの傑作。拝む夕日の美しさは邦画史上屈指。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
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この夕日は蓮實先生が絶賛していた。リアルタイムで読んだだけなのでうろ覚えだが、夕日の映える畑が美しい茄子もぎのシークエンスのなか、ふたりは夕日がきれいと振り返り、「これで夕日を映したら、この監督馬鹿だぞ、と思っていたら、こちらの想像を絶するほど美しい夕日が映し出された」。同じ感想で嬉しくてよく覚えている。

ラストショットの夕日もいい。東映カラー映画は美しい夕日をキャメラに収め続けてきたが、本作は極めつけの感がある(輿入れの件での空の青さも素晴らしい)。愛川欣也湯原昌幸がトラック野郎している愛敬はいいものだが、ふたりが意外と大人しいのは本作がもう少しの先祖返りを志向したためと見える。

ふたりが人目につかぬよう別ルートで綿摘みに向かう件がまた美しい。遠目近目で手を振り合い、三差路に石で印のあるユーモア、丘の上で並んで握り飯という東映印に至る。繰り返される野菊とリンドウの繊細な小物使いは堂々のサイレント仕様。それまでヒップで障子叩くなど吉永小百合系ではしゃいでいた松田聖子が、雨中の船着き場での桑原正との別れに無言で折り目正しく一礼するショットもまた東映任侠系で泣かされる(隣の蟹股の樹木希林が効いている)。ここから松田の造形は鬱症に傾くのだが、この無表情が輿入れの厚化粧で表出される酷薄にも感じ入ってしまう。人力車で体躯を二つ折りにして声もなく泣く松田。酒蔵の間に隠れて二度泣く松田を見下ろす空の赤と青。澤井演出の様式美は容赦がない。

作劇は加藤治子の母親の後悔に視点を定めている。あくまで征夫の回想である原作から視点を移した(島田正吾は冒頭と収束に出てくるだけ)のも本作の美点。ふたりの仲を成せぬものと知りながら、茄子摘みや綿摘みにふたりを差し向けてしまう加藤。彼女もまた封建制のなかで仲の良いふたりを好ましく思い、揺れ動いていたのであり、それが残酷な結果を招いた後悔はいかほどのものだろう。松田の最期に際しての「許しておくれ」は掛け値のない自責であり胸を打つ。このような後悔の積み重ねが時代を動かすのだろうと思う。

(なお、これは原作通りなのだが、ふたりの仲が割かれるのは主に民子が年上であるためであり、ふたりがいとこであることは殆ど話題に上らない。ここにも時代を感じる)

個人的にはアイリスが演出過剰なキノシタ作より数段優れていると思う。松田聖子は取り立てて云うほど下手とも思わない(80年代らしくやっかまれる運命にある人だ)が、桑原は正にブレッソン好みで、2万人応募でどうよ、彼だけは諦めて観るしかない。赤座美代子の意地悪が上手い。彼女が登場する度に画面がギスギスするのだ。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)ナム太郎 ゑぎ[*] ぽんしゅう[*]

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