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[コメント] 男はつらいよ 寅次郎かもめ歌(1980/日)

何故寅は結婚を躊躇し続けるかを巡る一編
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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伊藤蘭が素晴らしい。私ら世代には元アイドルのお姉さんなのだが、このアイドル顔で性格悪いすみれを演じて陰翳に溢れている。三面記事めいて失礼なのだが、演技一本でやっていく気骨が清々しい。白眉は園佳也子の母親との件。母親の赤いパンツが侘しい。

この母子の件に寅さんを立ち会わせなかったのは演出側の優しさだろう。すみれは寅さんのテキヤ仲間の娘である。あんな親父の子供なんだから仕方ないんだと、彼女の性格の悪さを寅さんはフォローし続ける。テキヤ稼業は所帯など持つものではないという、これはそのまま寅さんの自己省察である。内省を科白にせず行動で示すのがいいのだ。画面に登場しないテキヤ仲間の罪滅ぼしのように、すみれの我が儘に付き合う寅さんの寂しげな表情が忘れられない。

タイトルの「かもめ歌」は当時の流行り歌から来るのだろう。かもめはかもめ/ひとりで空を/ゆくのがお似合い。本作の間中、寅の頭の中では超自我の命令のように、この歌が鳴り響いていたに違いないのである。

いつもに増して金に細かいのもいい。存外金持ちの佐藤蛾次郎は笑わせるし、「タダで教科書貰っちゃった」と喜ぶすみれは泣かせる。収束はぱたぱたしているが、これ以上すみれにタフな状況を与えなくてもいいと思わざるを得ず、あっさり終わってくれてホッとするものがあった。一番笑ったのは、寅の出鱈目な指示通りにお百度を踏む三崎千恵子。寅との信頼関係を背景にした暖かいユーモアがある。

もうひとつのクライマックスは、定時制高校で松村達雄の講釈する国鉄労働者の哀歌の件。(当時とかく難解に傾いた現代詩を揶揄するが如く、と云いたいところだ)便所の清掃についての労働歌を語ってユーモアとペーソスに溢れ、詩の魅力を教えてくれる。寅さんが願書出すのが判る。労働者の悲哀をこの監督は時に巧みに、時にたどたどしく語ってきたところだが、これは傑作のひとつだと思う。国鉄民営化の80年代の労働争議を側面から記録してもいる。かつて労働運動の味方だった日本映画の表出として、本作は殆ど最後尾に位置するのだろう。

冒頭でさくら夫婦が買ったという建売住宅は、これと一対をなすものだ。この、どう撮っても映画の質感の出ない、蛍光灯ばかり明るいペラペラの住まいに、定時制高校の陰翳を撮るに長けた日本映画は当面苦しむことになる。背負ったのはさくらの月賦だけではない。このいかにも80年代らしいペラペラの住宅を何かの罰のように、山田洋次は撮り続けることになる。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (5 人)ぱーこ[*] disjunctive[*] けにろん[*] ケネス ぽんしゅう[*]

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