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[コメント] 男はつらいよ 寅次郎紅の花(1995/日)

神戸の件は記録師山田洋次の面目躍如。日本映画が日本だけ撮っていればよかった時代の終焉の象徴。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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前半の山である、満男が泉の花嫁行列に車で突っ込む件。ここを映画は喜劇にするのか悲劇にするのか決めかねている。シリアスとコメディを音楽で古典的に示すのだが、両方使ってどっちづかずなのだ。続く満男の飛び降りの件は面白い(「早まるな 考えなおせ もう一度」という杭がいい)のに。石投げてアベックに当たるのは寅の冒頭ギャグのパロディだが、後ろで徳永(最後まで使いやがった)が流れているのもバランス悪い。若者を撮るにあたっての監督の自信のなさに見えて困ってしまう。満男が砂に書く彼女の名前が波に消される、というトンデモないカットまである。結婚式の中止の経緯自体も嘘くさく、肝心の最終作だろ、何やっているんだと厭になる。

寅とリリーは過去の秀作の焼き直し。これはもう、これでいいのだろう。『口笛を吹く寅次郎』の竹下景子の再婚が朗報で、これが一番心に残った。リリーと特養にいる母千石規子との会話はシビア。最後の茶の間講談は「島育ち」の伝説。タコ社長のほうがやつれて見える。末期癌でアルバムつくったデヴィッド・ボウイが思い出される。最期の生命力とはこのように勁いのものなのだろうか。

相合い傘』の反復、収束のタクシーの件がいい。「男が女を送るってことは、その家の玄関まで送るってことよ」。ただ、鞄持って追いかけるのは、さくらにしてほしかった(自転車で追わせればいいのに)。

出典が手元にないのでうろ覚えだが、阪神淡路大震災でテキ屋連がボランティアに向かったのは事実だと何かで読んだことがある。本作の寅のボランティアは最初監督は及び腰で、周囲の後押しで実現したらしい。寅はそこにいなくてはならない存在だった。リアルタイムの画は圧倒的。記録師山田洋次の面目躍如で、本作は神戸のエピソードで価値高い。

そしてここで寅ははじめて在日韓国朝鮮人、長田のチマチョゴリの舞踏に出会っている。これがラストシーンになったことこそ、この純日本映画シリーズの収束に相応しいと思う。アクシデンタルに出会ってしまった、というリアリティがあり、それは街道を撮っていたら朝鮮人女工がいたのでこれも当然のように撮った『有りがたうさん』の清水宏と似ている(ただ、船長の田中邦衛が琉球語を話しているのもこれと関連しているから、自覚的な選択だろう)。日本映画が日本だけ撮っていればよかった時代の、これは終焉を象徴しているように見える。

蛇足だが、シリーズを通して鑑賞して、最後まで判らなかったことがある。鞄ひとつで旅する寅の叩き売りの商品は、どのように調達したのだろう。

(評価:★4)

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