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[コメント] 魚影の群れ(1983/日)

円環を描く未解決事件、80年代に投げ出された神話的異物。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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父娘と娘の男との三角関係の物語だ。そこに緒形拳十朱幸代との再会の長い件が挟まる。封切時は学生で、この件の意味がさっぱり呑みこめなかった。年取って再見して、なるほどと思ったのは、あの狂ったような笑い上戸の十朱の奔放さに、緒形は夏目雅子の影を見たのだ、ということ。娘をたぶらかしやがってとビンタを喰らわせ、さんざ冷たくした佐藤浩市は、実は自分と同様に翻弄された被害者なのだという気付きがあったに違いない(リーゼントのチンピラな序盤の佐藤の造形がいい。女の親に絶対好まれないだろう。あれも自分の似姿と緒形は回想しただろうか)。その相手は夏目や十朱ではなく、男にとっての女という生きもの一般であり、それは海と似ている。「あんたはいつも、私と海を並べて好きと云う」と夏目が佐藤に云う序盤の科白がここにきて効いてくる。いまわの際の佐藤の一物を叩いて「戻って母ちゃんを愉しませてやれ」と語る緒形は知恵者の高みにいるが、そのためにたくさんのものを犠牲にしてしまった。

この辺りの判り難さは、人物を遠景から眺める演出のせいだ。50年代の巨匠なら、緒形のアップでもって心理描写を施しただろう。だが、判りやすさを犠牲にしてでも相米監督が撮りたかったのは、人間を遠景からだけ眺めてはじめて醸し出される、見えない力に翻弄される人間の運命なのだろうと思う。そこでは個々人の細かな心情は余計なのだ。それゆえの感慨が本作には溢れている。

最強の件は怪我した佐藤を放ったらかしにマグロと格闘する緒形で、どす黒い血が騒いでいるのだろう、観ている方は血が凍る思いに見舞われる。いろんなことを考えさせられる。緒形を尊敬した佐藤は緒方の行動を肯定するかのように、マグロと共に死を迎える。夏目には漁師になると運命づけられた子供が宿される。死と隣り合わせの漁師の世界で、物語は神話的にきれいに円環を描いているが、一方何も解決しておらず、違和感も大きい。その違和感ゆえに作品は完結せず、私たちの世界と通底している感触がある。例えば緒形とワーカホリックな殺人者、例えば校門圧死事件とはどう違うのだろう、とか。そういった違和感込みで本作はポイと投げ出されている。観客は判らない心理を前にして戸惑うばかりだ。

長回しは素晴らしく、流暢なアンゲロプロスよりゴツゴツした相米のほうが好みだ。冒頭の砂浜の色調は最高で、夏目と佐藤の背景にあるのが空なのか海なのか判別がつかず、眩暈をもたらされる。男優の演技に何か感じることはあんまりないのだが、一本釣りにおける緒形には賛嘆を覚える。十朱登場のトリッキーなクレーンの件は、一瞬捉える十朱の呆けたような何とも云えない表情が凄まじい。カットの割り方も巧みで、佐藤が事故に会う件、バケツからひょろひょろ巻き出す釣り糸を幻覚を持って眺める佐藤に続いて、次の佐藤を横から捉えるカットではもう首に糸が巻きついている、ここは飛び上がるほど恐ろしい。後半は長回しが少ない分ダレる処があり、モダニズムな矢崎滋の花火はこれも相米印だが神話的な世界には余計だったと思うが、些末なことだ。脇役ではレオナルド熊がいい。封切当時はテレビの人気者だったため何だと思ったが、いま観ると抜群に巧い。失礼したと思った。あんな修羅場に教えてくださいと飛び込む佐藤は偉いよなあ、という感想も個人的に大事にしたい。若さの特権は失って初めて判る。

(評価:★5)

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