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[コメント] さらば愛しき大地(1982/日)

吐夢の『』、今井の『』と並べて茨城三大農村映画と呼びたい秀作。田村正毅はここでも素晴らしい。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
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撮影は田村の傑作だろう。天才的な構図の美しさは青山=田村作品に近似しており、ただ長回し志向の青山とは逆にカット尻がスピーディに早く、巧みな編集と相まって本作独特のドライな世界をつくりだしており優れて現代的。ベストショットは蛆虫の悪夢を見ている根津甚八の首を離れた処から締める秋吉久美子(根津は何とこれに反応して起き上がる。これは客観ショットに見えるが全体の脈絡からは根津の主観なのだ)。その他、狂ったショットの連発が豪勢で素晴らしい。私のお気に入りは家族四人で曇天の砂浜で茣蓙広げて無言で蟹をむさぼり喰うショットで、根津の幸福感とはこんなにも虚しいのだった。

シャブ中毒の転落は極個人的なものだろう、普遍性は避けているのかも知れず、タイトルも今ひとつ判然としない。ただ、同じ茨城農業映画ということで吐夢の『』(39)、今井の『』(57)と並べると、時代の変遷に伴う人の幸福と不幸の異同についてしみじみ考えさせられるものがある。本作にあって前2作にないものは、工場コンビナートとダンプとシャブ。もう小作制も水車小屋もない。農業では貧乏だが貧困というとこはなく、しかし転職は根津のような転落の危険に溢れている。人々の表情は冴えない。

ラストの逃げた豚を追いかける人々に何を見るのか、映画は観客個々人に解釈を委ねている。ユーモラスなニュアンスもあるが、それは地べた這いずり回る生活に係る滑稽だろう。『十九歳の地図』の絶叫のラストと呼応している(あそこにもコンビナートがあった)。真面目な青山映画はこれら柳町の極個人的な悲鳴を受け止めて成熟に向かおうとしたのだろう。両者に通底するのは中上建次だった。

地道な幸福志向の根岸『遠雷』(前年製作)への批評、対抗意識は当然あったのだろう。蟹江敬三の路上での狂いっぷりは流石で小林稔侍も不気味、 対する山口美也子はイマムラ映画系列の強かさが滲み、吉村作品常連の日高澄子の母親も因果は巡るの感慨を醸す。霊媒師は白川和子なのだ。志方亜紀子は本筋に関係ないところで無駄に可愛い。出て行った佐々木すみ江の母親の便りを語って同じように二度泣く秋吉がいい細部。彼女の唄は「唐獅子牡丹」「月がとっても青いから」「ひとり上手」「虫のこえ」とやたらレパートリーが広く、いずれも刹那的な心情を彩って心に残る。

(評価:★4)

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