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[コメント] 襤褸の旗(1974/日)

遠点から事件を見据え、誰に加担することなく、三國連太郎の田中正造もある種グロテスクな人物として突き放して描くことで、時代の悲劇を十全に記録している。
寒山

**ネタバレ注意**
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三里塚芝山連合空港反対同盟の支援作(現地に寝泊まりしたと西田敏行がキネ旬で回想していた)。本作の谷中村買収への抵抗が土地収用反対運動として共通する。壮絶なプロパガンダが予想されたが、これが全く違う。娯楽仕様の悪人ではなく悪い時代を描く視点が徹底されており、これに好感を持った。

ラストで葦原を狂ったように走り回る三國から、憲法と聖書を信頼した理性の人という感想は出てこない。むしろデーモニッシュな人物だと一貫して語られており、収容の際の土を食む有名な件(三國のアドリブとのこと)で炸裂している。彼の活動に同伴した村人たちは報いられることはなかった。収容前夜の懺悔が実に泥臭い。彼は本作で唯一登場する「悪人」かも知れない。

特に、中村敦夫の幸徳秋水に天皇への直訴状を依頼する件が優れている。中村からなぜ貴方の嫌いな社会主義者に依頼するのかと問われて三國は何も応えない。三國の思想は天皇親政であり、両者の齟齬が綿密に描かれている。映画はどちらの肩も持たない(タイトルの題字は荒畑寒村(映画では古谷一行)のものとエンドロールに明記されるから、これに即して見れば荒畑の視点から描かれた田中の半生ということだろうか)。

さらに資本家の志村喬(妻の被害者支援に傷ついている)から裏切り者の草野大悟(日本に工業の発展は必要と正論を弁じている)まで、人物は立場立場に公平に位置づけられている。冒頭の川俣事件の官憲も話せば判る連中だし、土地収用に来た役人にも法に則り行う旨宣言させている(ただ、この廃村に至る県のプロセスは正当性がないと云われており、映画はこの説明が不足している。ここだけは瑕疵だろう)。単独での悪人というものを本作は描いていない。信欣三の巡査はやたら渋いし。

吉村公三郎最後の映画作品(その後もTVドラマ撮っているので遺作とは云わないのだろう)。子役凸ちゃんの喜劇から始めて戦中は好戦映画、戦後は新藤と組んでリベラル作を多く物したこの大監督の流転を締めくくるに相応しい作品だと思った。本作は三里塚の立場から云えば、天皇親政の限界を描いた作品ということになるのかも知れないが、監督の演出は、三國は時代の制限のなかで戦った、これは誉であると語っているように思われる。

映画は予算の制限を演劇調でかわす場面(議会演説など)も見られるが、いいモノクロの撮影が続く。仰角で地面を見せないカットの連発が吉田喜重を想起させるクールネスで、直訴状の件など見事に決めている。河川の「毒塚」(フクシマの山積みのまま残されている汚染廃棄物が否応なしに連想される)、野辺送りの狂った母親の描写が激しく心に残る。

(評価:★5)

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