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[コメント] 鳥(1963/米)

鳥籠とともに家宅侵入に成功するメラニーもまた鳥の一味であり、先導獣だ。ミッチ宅をボートから眺める秀逸な主観ショットは、狙いを定めた鳥の目線そのものである。
寒山

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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物語の運動は、メラニーがミッチに受け入れられて、鳥たちの侵入の企みからひとり逸脱し、鳥たちから復讐を受ける、という方向に進み、完遂される。メラニーが最初にカモメの攻撃を受けるのは、ミッチと親しげな目線の交換を交わした直後だ。この野郎、裏切りやがって。

その後、ミッチ宅、保育所、レストランと、攻撃を受け続けるメラニーにとって、鳥たちの行動は、自らの家宅侵入という愉快犯が形をもって反復される罰に他ならない。地元のおばちゃんたちに魔女と指弾されるのは、この判決文である。これは公的には(『ミスト』によく似た)アメリカの田舎町にありがちな狂信者たちのナンセンスだが、メラニーの内面的な罪悪感においては真実だ。

言葉にして謝罪する方法は禁じられている。彼女は意味も判らず、悄然と罰に従うしかない。二階の小部屋で私刑を受けるメラニーは、現場に自ら出頭する。この、行かなきゃいいのにのサスペンスは、物語の運動からすれば必然なのだ(この件と、冒頭の小鳥店で逃げた小鳥を追う件での、手だけのアクションはブレッソンに非常に似ている)。ラストの妙に神々しい鳥たちの村落占拠は、このイギリス経験主義の監督らしくなくおよそ図式的で、一方では狂信性へのパロディとも見えるが、メラニーの心情風景としては完璧、彼女の達観した表情は凄まじいものがある。彼女はあそこを脱出できまい、仲間たちの最期の一突きを受けに行くのだ。本作はヒッチの美女イビリの極北である。

ミッチの母親の造形の怜悧さは、いつものヒッチ作品ならナチ党員の親族などに配される不気味な類のもので、ミッチもいつもののっぺりした二枚目ではなくゴツゴツして悪役然としており、娘の奇妙なほどの従順もナチ家族のパターンである。この作品はいつものスパイ物の悪役側に参入したような感触が残り、純度が高い。

攻撃と休憩を繰り返す鳥の行動の生々しさも印象に残る。小学校の校庭にいつの間にか群れをなす連中の行動はユーモラスですらある。本作は自然災害の寓話ではない。自然災害に意味を求めるのは狂信でしかなかろう。ただメラニーの罰を求める内面の具象化として、事件は意味を結んでしまったのである。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)3819695[*] けにろん[*] DSCH

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