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[コメント] 人魚伝説(1984/日)

優れた細部が映画を駆動させ続け、その度に映画が再発見されている。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







それは例えば、啓介が沈んだ海面と見つめるみぎわの間を二往復するキャメラ。路地の軒先で火を焚く村の貧しい盆の風習。絡みの濃密な長回し。最初の凶行を終えて希望通りに部屋の灯りを消すみぎわ。彼女が安宿から飛び降り斜めに駆け出すあの角度。ローアングルによる歩道橋の執拗な往復。泪を流す地蔵さん。これら細部の豊かさが「映画」だと思う。

本作の失敗は多分一箇所、警官を誤って崖下へ転落させる件だろう。偶然が浅墓に見える。一方、水中で夫の遺体を見つける偶然は実に美しい。この件から、話は俄然、神話の色合いを帯びてくる。これを見落とすと、最後まで個人的な怨恨が貫かれたと見誤ってしまうだろう。そうではなく、みぎわは海際の地蔵さんに憑依されており、神話の次元にいる。だからこそ「どうせ○チガイや」という捨て台詞が重層的な色合いを帯びている。

地方の封建制からの逃走を描き続けた日本映画(頂点は寺山のアイロニーか)において、バブル期に土俗と信仰を真っ正直に肯定した本作は画期的、アジア映画との同時代性を持っていたのだと、今にして思う。ある種の優れた作品は「反時代的」なのだ。84年はわたしが田舎から都会の大学へ進学した年で、巷はバブルに向かい、たけしやタモリの田舎差別ネタが流行っていた。なんて脱線した映画なのだと、愉快でなかった覚えがある。原作者は後年エコロジストになったらしい全共闘世代であり、本作はインドに住み着いたヒッピーの生活と意見みたいな如何わしさを漂わせており、80年代には思想的な抽象力がなければ受け入れられなかった。

時代は変わるものだ。かつてのカルト映画が、今や反論の余地なく時代の真ん中にいる。劇画調で覆い隠されているにしても、いくらなんでもキンキ電力はあれほど鬼畜ではあるまいが、似たような噂は幾らでも伝聞されているのである。そして三重県に原発はない。それは地域の漁民の選択だったのだ。本作はこの重い事実を記録してもいる。

全身で演じる白都真理の素晴さはミゾグチ映画の田中絹代が想起される。小さな客船で逃亡するときにちらと見せる童女のような泣き顔と、最後に海に飛び込む直前の神々しい笑顔が忘れ難い。ヤバいスナックのママ宮下順子と声のトーンが同じなのが接点を形作り巧い。キャスティングの妙である。ソプラノサックスが奏でる音楽も素晴らしい。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (6 人)太陽と戦慄 pori[*] disjunctive[*] まー クワドラAS[*] ぽんしゅう[*]

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