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[コメント] 青べか物語(1962/日)

土地、土地の名、ドキュメント、具象性、悲劇と喜劇。同じ周五郎作『どですかでん』に欠けていたものが本作には横溢している。向こう岸から手を振るだけで自分の映画にしてしまった桜井浩子の儚い笑顔が忘れ難い。
寒山

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







高度成長期の変わりゆく風景を的確に記録し、ここからドラマを紡ぐという方法は川島映画に一貫してあるテーマであるが、本作はその最高峰に位置づけられるだろう。船溜まりや干潟の美しさは実に牧歌的、街並みは実に猥雑である、ちょっとつつくだけで物語が転がり出そうだ。内容の余りの猥雑さに行政は躊躇するだろうが、この美しい映像が残されたことは浦安市民にとって誇りであろう。この失われた土地のうえにある証に、本作はディズニーランドで定期的に映写されるべきであると思う。

べかなる小舟が水路をゆるゆると進む速度がそのまま映画の呼吸になっており、それに鬱症の森繁が乗船する。この意外な造形が本作の肝であり、彼は例えば『とんかつ大将』のように町を変える気概など何もなく、何もできずにこの土地を通過する。高度成長を象徴するダンプ群が彼を追い抜く。このラストシーンは重い。消えゆくのは土地と土地の人物たちで、森繁は鬱症が高まってそこから退散したような具合である。いや、彼はこれらを書き留めた、というべきなのだろう。私は平成の始め頃に江戸川沿いに住んだことがあるが、そこにはすでにアパートとマンションとコンビニしかなかった。本作に記録された美しい光景で唯一残っていたのは夕日だけだった。

高校生のとき小説を読んで感動し、この度やっと映画を観る機会が持てた。小説はエピソード集で、映画では、無口な夫婦や廃船の乗船員の話は採用されているが、ラストの主人公が泣き叫ぶ「巡礼だ」の件などは省かれている。エピソードの取捨選択は川島らしく喜劇に主眼が置かれており、かつ、土地のドキュメンタリーとして視覚的に記録されるべきものを優先して採用している。東野英治郎の小狡さと市原悦子の猥雑さ、南弘子の無念と左幸子のコケティッシュも素晴らしい。川島のもうひとつの傑作と思う。

(評価:★5)

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