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[コメント] 座頭市喧嘩旅(1963/日)

トンボが穂に止まる。藤村は子供のように笑う。市に目を移して頬についた米粒を見て同じように笑う。頬に手を伸ばす。市は手を握り動くなと云う。凍りつくふたりの顔。トンボが穂を離れる。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
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路上で死んだ男から頼まれて、の長谷川伸系ヤクザ物。いつもの詰まらないライバル剣豪は省かれ、替わりに藤原礼子のお久なるタランティーノ的人物を創造したことで価値高かろう。彼女をはじめ、全ての登場人物が立っているのが本作の大いなる美点だ。

「座頭市」の噂話で腹の探り合いをする市の島田竜三への按摩の件(「一両でござんす」)は痛快。市に渋柿喰らわされる吉田義夫はケッサク(市の煙管の火玉攻撃という新技も登場する)。杉山昌三九との値上げ交渉もいいし、放り投げた徳利を箸に差して「目暗の遊びさ」で中村豊を味方に引き入れる件も上手い。終盤は『用心棒』との類似が辛気臭いが些細なことだ。殺陣は上等。結局市は、船で偶然居合わせた集の「(やくざの親分が)二人とも相打ちで死んでくれれば赤飯もの」という冗談を実現するのであった。

さらに、市の藤村志保への懸想話としてとても美しい。本シリーズは、差別を露骨に描くことによる差別批判、という側面をずっと踏襲しており、本作でも「目暗の駕籠屋だ」と子とも達に取り囲まれた真ん中で愉しそうに飛び跳ねている市、というとんでもない描写がある。このベースのうえに、儚い恋物語が古典的に描かれる。

ふたりの年の差は十ほどか。藤村はまだ芸などできない年齢だが、長者の娘役にはそれでよかった。藤村は市の忠告を聞かずに捕えられ、連れ戻した市は彼女を突き飛ばして詰る。「あんたから見たら俺は薄気味の悪い按摩かも知れねえ。でもこんな目暗でも頼りにしてくれていると思うから、こっちはそのつもりになって一生懸命やっているんだ。畜生め」。仲を戻してからも、こんなことがなかったら決して出逢わなかっただろうとふたりは語り、何も考えていない藤村はあどけなく笑う。ここでも階級差が歴然と示されている。

本作のベストショットは当然に、続くトンボが穂を離れた一瞬に行われる殺陣。これほどズームインが的確に使われたショットも珍しいと思う。収束は、ヒロインを誰か(ここでは中村豊)に預けておいてひとり去って行く市という、後に定例になるラストの初出作で、初出作ならではの哀切がある。彼女が忘れていった匂い袋の小物使いが素晴らしい。藤村は市の元へわざと忘れたのだろうか、という謎かけがある。空回りする大八車の車輪を素手で停める心の遣る瀬無さよ。伊福部らしい低音のうねるような音楽も素晴らしかった。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)水那岐[*]

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